見出し画像

1. 我々は街をどう見ているか?

 2023年10月7日、明治大学で開催された「全まち会議2023in東京ちよだ」のオープニングセッションとして行われた『まちづくりの哲学』というタイトルの対談。登壇者は社会学者の宮台真司氏、都市プランナーの蓑原敬氏、そしてコーディネーターとして長年2人の対談を企画してきた野口浩平氏。
 非常に難しいと感じた人も多かった本セッションを私(Jsurp副会長・高鍋)なりに全8回の連載『街をどう見るべきか?〜社会学者と都市プランナーからの問いかけ〜全国まちづくり会議2023セッション「まちづくりの哲学」を読む』で、解釈してみたいと思います。
 各連載の構成は次の通りです。
※順次、公開後に下記連載目次にリンクを貼るので、気になる記事も併せてご覧ください。

【連載目次】
1.我々は街をどう見ているか?(本記事)
2.人々は街で幸せになったか? −「感情の劣化」の問題−
3.「リアルな街」とは何か? −フュージョン体験と街−
4.人間の尊厳と街との関係 −廃墟が魅力的な理由−
5.僕たちは街と対話している −アフォーダンスとノイズ−
6.俯瞰的に街を見るとは? −生態系の一部としての人−
7.街が立ち上がり、人が輝く瞬間 −文学やドラマが捉える街−
8.我々は街をどのように見ていくべきなのか?


全国まちづくり会議2023『まちづくりの哲学』の開催

 2023年10月7日、「全まち会議2023in東京ちよだ」が明治大学で開催されました。オープニングセッションには、社会学者の宮台真司氏、都市プランナーの蓑原敬氏、そしてコーディネーターとして長年2人の対談を企画してきた野口浩平氏をお招きし、『まちづくりの哲学』というタイトルで対談を行いました。セッションには多くの来場者が訪れ、会場に入りきれない人のために急遽隣の教室を開放してオンラインで配信するなど反響の大きなセッションとなりました。
 しかながらこのセッション、非常に難しいと感じた人も多かったのではないでしょうか。2人の話は、都市計画や建築の専門の話はごく一部で、多くは他の分野、人類学、宗教学、生態心理学、認知考古学などの知見が次々と披露され、多くの人にとって馴染みのない視点、方法、アプローチであったことがその主な原因でしょう。

宮台氏と蓑原氏の問いかけ

 しかし、彼らがこのセッションで問いかけたかったことは比較的シンプルではないかと私は考えています。そう、この記事のタイトル、「我々は街をどう見るべきか?」ということです。このセッションを実際に聞いていない方、あるいはもう一度確認したいという方は、JSURPのHPに記録集が公開されていますので、ダウンロードしてみてください。記録は長いのですが内容が面白いので比較的容易に読めると思います。


Photo:Nozomu Ishikawa

 さて、この記事ではこの2人のセッションについて私なりに解釈してみたいと思います。宮台真司氏は社会学者で、国家論、権力論、性愛論、犯罪論、映画評論など幅広い分野の論客として知られています。蓑原敬氏は国、自治体の立場及び民間都市プランナーとしても国内外の都市計画に長らく関わってこられた方です。お二人は、2012年に代官山ステキな街づくり協議会が主催した連続シンポジウム、『まちづくりの哲学』の際に出会い、対談をされて以降の付き合いで、2016年には同タイトルを冠した『まちづくりの哲学ー都市計画家が語らなかった「場所」と「世界」』を上梓されます。この本もなかなか難解ですが、その後も2人は継続的に対談をされています。

都市プランナーが見る客観的な世界

 この本のタイトルにもあるように、都市プランナーは街の一部しか見ていない、語っていないという問題提起がまずあります。では、我々都市プランナーや生活者はどのように街を見ているでしょうか。
 私達民間の都市プランナーは、職業として都市計画やまちづくりの計画立案や制度設計、事業の展開のための調査などを依頼され実行に移します。その過程で、対象となる街を調査するわけですが、人口や世帯動向、地域経済の動向、土地や建物の状況、道路河川などの状況、自然環境や災害、風景や景観、地域社会の状況などを総合的に調べます。これまで都市計画は、主にハードウエアとしての空間計画がメインテーマだったため、このような現状の見方が定着してきた側面があります。人口が増加し、経済的にも発展し、都市が拡大していく過程においてはこのような手法が有効でした。
 しかし、現代は基本的に人口減少社会です。高齢化の進展もさらに加速化しており、それを背景として地域へのサービス環境が低下する上に、地域社会の運営自体も困難になりつつあります。今、都市計画のテーマはこのような社会が衰退傾向にある中でまちをいかに持続可能とし、人を幸せにするかということにシフトしつつあります。

生活者が見る主観的な世界

 一方、日常の生活者はどのように街を見ているでしょうか。生活者としての我々は日常、極めて目的的に行動しています。平日であれば自宅から職場の至る経路を往復し、その際に必要なサービスを共有してくれるポイントを訪れる、そんな使い方、見方をしているのではないでしょうか。休日の過ごし方は人それぞれに色々とあると思われますが、高度に都市化された現代社会においては、街は主にサービス受容の場として機能しているという側面があります。もちろん、街の歴史や自然、文化に触れる体験や、その街の人々との対話を楽しむ時間も多々あるでしょう。その時間を写真や動画に収め、街を体感した瞬間を記憶し楽しむという過ごし方もありますね。そのような体験を通じて、街に住み、働き、休日を楽しむという都市文化を我々は享受しています。

 さて、少しまとめると、都市プランナーとして我々は、主にデータ化される都市の物理的な環境、マクロな人の動向を中心に見てきました。生活者としての我々は、自分にとって必要なサービスポイントの認識とその人の趣向に応じたパーソナルな街体験として街を見ていると考えられます。さて、このような見方、体験だけで良いのでしょうか、というのが2人の問いかけの根本ではないかと考えます。
 では、我々はどのようなことに注目し、考えていくべきでしょうか。次回からそのことを考えていきたいと思います。

(高鍋剛/Jsurp理事(副会長)・株式会社都市環境研究所)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?