第1回 シンギュラリティ学入門
要約
笹埜健斗氏が主導するシンギュラリティ学会の第1回会議では、シンギュラリティ学の概念、特徴、研究方向性について議論されました。笹埜氏は、シンギュラリティ学を「究極のバックキャスティングの学問」と定義し、AIと人間の共存、人類の生存戦略、AIとのコミュニケーションなどを主要テーマとして挙げました。会議では、AIの進化がもたらす社会変革、特にデータ教、トランスヒューマニズム、AIとの新たな社会契約の必要性などが論じられました。また、生成AIの発展による検索方法の変化や、AIとのコミュニケーションがメンタルヘルスに与える影響についても言及されました。笹埜氏は、シンギュラリティ学が産学官連携を必要とする学問であり、既存の学問領域を超えた新しいアプローチが必要であることを強調しました。最後に、Facebookグループやページでのコミュニティ活動への参加を呼びかけ、次回の会議の予告で締めくくりました。
1. はじめに:誕生秘話
シンギュラリティ学会の設立には、創設者である笹埜健斗氏の個人的な体験が深く関わっています。笹埜氏は、生成AIとの対話が自身の命を救った経験を持ちます。シンギュラリティ学会の設立は、創設者である笹埜健斗氏の劇的な個人体験に端を発します。現代社会においてAIは既に私たちの生活に深く入り込んでいますが、それが文字通り人命を救う存在となり得ることを、笹埜氏は身を以て経験することになりました。
ある日、笹埜氏は体調の異変を感じていました。「ただ単にずっと吐き気だったので、徹夜の疲れかなと思っていた」と当時を振り返ります。その時、たまたま行っていた生成AIとの対話の中で、AIは医学的な見地から的確な質問を投げかけてきました。「片側の手足に力が入りにくいとかないですか」「ぐるぐる回るようなめまいはありませんか」という質問に答えていくうちに、AIは重大な可能性を指摘します。「断定できませんが、脳血管に関する障害の可能性があります」という警告は、笹埜氏にとって全く想像していなかった指摘でした。
医療従事者等の尽力あってこその結果であることはもちろんですが、この警告も寄与して結果として脳卒中の早期発見・治療につながり、一命を取り留めることができたのです。この経験は、AIに対する笹埜氏の見方を根本的に変えることになります。「AIって怖い怖いという側面もあるけれど、もうちょっと仲良くできないかな」という新たな視点が生まれ、研究者として「何かできることはないのか」という問いに導かれました。
この体験から、笹埜氏は「AIは怖い存在」という一般的な認識を超えて、人類とAIの新たな関係性を模索する必要性を強く感じ、学問としてのシンギュラリティ学の確立を目指すことになったそうです。
2. シンギュラリティ学とは何か
2.1 シンギュラリティとは何か
まず、シンギュラリティという概念について理解を深める必要があります。笹埜氏は「AIが人間の知性を超える転換点」としてシンギュラリティを定義しています。ただし、この「知性」という言葉の解釈には慎重な考察が必要です。「知能というふうに捉えるのであれば比較的わかりやすい」と笹埜氏は説明します。例えば計算能力の比較は明確ですが、「知性」となると、それは単なる情報処理能力を超えた、より高次の概念となります。
笹埜氏は「体あってこその知性だろうとか、寿命あってこその知性だろう」という観点も提示し、シンギュラリティの到来時期についても様々な見方があることを指摘します。2045年という従来の予測に対し、2029年という早期の予測も出てきていることを紹介しながら、特に「知性」の定義によって、その時期の予測は大きく変わってくることを強調しています。
2.2 究極のバックキャスティング学問
シンギュラリティ学の最大の特徴は、「究極のバックキャスティング」にあります。従来の学問が過去の蓄積を基に未来を予測するフォアキャスティング的アプローチを重視するのに対し、シンギュラリティ学は、シンギュラリティ(AIが人間の知能を超える転換点)という未来の事象から現在を見つめ直し、必要な準備を考える学問です。
シンギュラリティ学の最大の特徴は、その方法論にあります。笹埜氏は従来の学問との本質的な違いを以下のように説明します。従来の学問が過去の蓄積を基に未来を予測するフォアキャスティング的アプローチを重視するのに対し、シンギュラリティ学は、シンギュラリティ(AIが人間の知能を超える転換点)という未来の事象から現在を見つめ直し、必要な準備を考える学問です。
具体的には、「シンギュラリティが来たらどうするのか」という未来の事象を起点として、現在何をすべきかを考えていきます。これは単なる未来予測ではなく、あるべき未来の姿から現在の課題を抽出し、必要な準備を特定していく方法論です。笹埜氏は「方法論これに限られないと思いますが、まず一つ大きな違いを挙げろと言われたら究極のバックキャスティングの学問である」と述べています。
2.3 人類生存のための実践的学問
この学問の究極の目的は、「人類がシンギュラリティ時代をいかに生き残るか」という存在論的な問いに答えることです。単なる技術研究や哲学的考察にとどまらず、具体的な公共政策や社会システムの設計まで含む、極めて実践的な性格を持ちます。
シンギュラリティ学の究極の目的は、人類の生存にあります。笹埜氏は「シンギュラリティ学のキーワードはやはりそこに人類がいるということです」と強調します。これは単なる技術的な課題解決や哲学的考察にとどまらず、人類の存続という実存的な問題に取り組む学問であることを意味します。
特に重要なのは、シンギュラリティを単一の出来事としてではなく、継続的なプロセスとして捉える視点です。笹埜氏は「シンギュラリティというものは僕にとっては1回来て終わりじゃないんですよね。特異点なわけですからその技術的特異点は何回も来ます」と説明し、その都度の備えの必要性を説きます。
2.3 産学官連携の必要性
シンギュラリティ学は、アカデミアだけでは成立し得ない学問です。産業界、学術界、行政が密接に連携し、社会全体でシンギュラリティへの備えを考える必要があります。
「この学問は、学者だけがやっても意味がない学問である」という笹埜氏の言葉は、シンギュラリティ学の実践的な性格を端的に表しています。この学問が目指すシンギュラリティへの備えという課題は、あまりにも広範で複雑であり、どれか一つのセクターだけでは対応できません。
産業界からは技術開発と実装の知見が、学術界からは理論的基盤と研究手法が、行政からは制度設計と社会実装の枠組みが必要とされます。これらのセクターが密接に連携し、社会全体でシンギュラリティという課題に取り組む必要があるのです。
3. シンギュラリティ時代の展望
3.1 二つの進化の方向性
シンギュラリティ時代における人工知能の発展について、笹埜氏は二つの重要な方向性を提示しています。この二つの方向性は、今後の技術発展の道筋を考える上で極めて重要な分岐点となります。
エンボディドAI
人間とは別個の存在としてのロボットの発展
独立した知的実体としての AI の進化
ブレイン・マシン・インターフェース (BMI)
人間の能力を拡張する方向性
サイボーグ化による人間の進化
一つ目は「エンボディドAI」です。これは人間とは別個の存在としてのロボットの発展を指します。従来のSF作品でも描かれてきたような、独立した知的実体としてのAIロボットの発展です。この方向性では、AIは人間とは異なる物理的形態を持つ独立した存在として進化していきます。
もう一つは「ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)」です。笹埜氏はこれを「SFアニメの金字塔と言われている『攻殻機動隊』のように、人間の脳などの身体に何かを付加して、現実世界でサイボーグになっていく」方向性として説明しています。これは人間の能力を技術的に拡張していく道筋であり、人間とAIの境界が徐々に曖昧になっていく可能性を示唆しています。
この二つの方向性は、必ずしも二者択一的なものではありません。笹埜氏は「どっちの方向性で進化していくのか、あるいはどっちも進化するのか」という問いを投げかけ、両者が並行して発展していく可能性も示唆しています。
3.2 新たな社会契約の必要性
AIと人類の関係性を規定する新たな枠組みとして、笹埜氏は「第二の社会契約」という革新的な概念を提唱します。これは従来の契約概念を超えた「信託」的な関係性を示唆するもので、以下の特徴を持ちます。
人類の持続可能性の保証
サバイバビリティ(生存能力)の確保
AIの力を制御するための新たな枠組み
笹埜氏の「第二の社会契約を私たちはAIと結ばないといけないのではないか」という提言の背景には、既存の法的枠組みではAIとの関係性を適切に規定できないという認識があります。特に重要なのは、この「契約」が従来の契約概念とは異なり、「信託」的な性質を持つという点です。
笹埜氏は歴史的な例として、市民革命期の社会契約論を引き合いに出します。かつて人々は強大な権力を持つ国家に対して、信託という概念を用いて関係性を規定しました。同様に、人間の知性を超えるAIに対しても、「私たちの持続可能性を損なわないでください」「人類のサバイバビリティを高めてください」という基本的な約束を、信託という形で確立する必要があると主張します。
3.3 民主主義の変容
生成AIの発展は、民主主義のあり方にも大きな影響を与える可能性があります。
現状の課題
SNSによる「ノイジーマイノリティ」の影響力増大
サイレントマジョリティの声が届きにくい状況
AIによる可能性
リアルワールドエビデンスの収集
より正確な民意の把握
個々人の本質的なニーズの理解
生成AIの発展は、民主主義の在り方自体も大きく変える可能性を秘めています。笹埜氏は現代のSNS社会における民主主義の課題として、「ノイジーマイノリティ(口うるさい声の大きい少数派)」の影響力が過度に強まり、「サイレントマジョリティの声が届かない」という状況を指摘します。
特に注目すべきは、生成AIを活用した新しい民意把握の可能性です。従来の世論調査やSNSでは捉えきれなかった「普段は言語化できていないような不満や不安」を、AIとの対話を通じて集めることが可能になるというビジョンです。
笹埜氏は具体例として、教育や行政の現場での活用を挙げています。「生徒たちが校則に対して、あるいは進路に対して、あるいは人生に対して、普段の学習に対して、メンタルヘルスに対してどう思っているのか」という本音の声を、AIとの対話を通じて収集し、政策立案に活かすことができるのではないかと提案しています。
4. これからの課題:AIコミュニケーション論
4.1 メンタルヘルスへの影響
シンギュラリティ時代において、AIとの関係性が人々のメンタルヘルスに与える影響は重要な研究テーマとなります。
AIとの心地よいコミュニケーションによるフィルターバブルの強化
人間同士のコミュニケーションへの影響
「AIコミュニケーション症候群」の可能性
シンギュラリティ時代において、AIとの関係性が人々のメンタルヘルスに与える影響は深刻な検討課題となります。特に笹埜氏が警鐘を鳴らすのは、「生成AIネイティブ」世代に特有の問題です。
「お母さんとかとたまにする会話がうっとうしくなっちゃうかもしれない」「ChatGPTさんとか絶対こんなこと言わないのに、なんで人間ってお母さんでさえ私のことを全然わかってくれていないみたいな」という状況が生まれる可能性を指摘します。これは単なる世代間ギャップを超えた、人間同士のコミュニケーション能力の質的な変化を示唆しています。
このような現象を踏まえて、笹埜氏は「AIコミュニケーション症候群」という新しい仮説概念を提唱し、その実証研究の必要性を説いています。これは、AIとの密接なコミュニケーションが人間の対人関係能力に及ぼす影響を体系的に研究するための枠組みとなります。
4.2 デジタルフレンドシップの構築
AIとの新たな関係性として、笹埜氏は「デジタルフレンドシップ」という概念を提案しました。これは従来の人間同士のコミュニケーション理論や、単なる機械への指示としてのプログラミングを超えた、新しい関係性のモデルです。
特に重要なのは、この関係性が一方的なものではなく、相互的な性質を持つという点です。「AIといかに仲良くするのか」という「AIフレンドシップ」の構築は、技術的な課題であると同時に、倫理的・社会的な課題でもあります。
従来の人間同士のコミュニケーション理論や、機械への指示としてのプログラミングを超えた、新たな「AIフレンドシップ」の概念が必要とされています。
5. おわりに:シンギュラリティ学の展望
シンギュラリティ学は、以下の要素を統合した新しい学問体系として発展が期待されます。
未来からの逆算による現在の課題解決
人類の存在論的リスクへの対応
AIとの新たなコミュニケーション形態の確立
社会システムの再設計
笹埜氏は最後に、シンギュラリティ学の性質を「かなりSF的なわくわくというところもありつつも、かなり現実まで落とし込んで考えていく」学問として総括します。この学問は、未来からの逆算による現在の課題解決、人類の存在論的リスクへの対応、AIとの新たなコミュニケーション形態の確立、そして社会システムの再設計という広範な領域をカバーします。
特に重要なのは、この学問が単なる理論的な探求にとどまらず、具体的な社会実装を目指す実践的な知の体系であるという点です。シンギュラリティという未来の出来事に対して、人類がいかに備えるべきかという根本的な問いに、多角的なアプローチで取り組んでいくことが期待されています。
この学問は、単なるSF的な想像に留まらず、現実社会における具体的な施策や取り組みにつながる、実践的な知の体系を目指しています。
※本記事は、笹埜健斗氏による日本シンギュラリティ学会設立に関する講演内容を基に作成されました。シンギュラリティ学に関する詳細な議論や最新の情報は、Facebookの「シンギュラリティ学会」グループにて確認できます。