突然の「来賓祝辞をお願いします」
木村嘉富
論説委員
一般財団法人橋梁調査会/土木学会新技術適用推進小委員会委員長
「続きまして、沼津河川国道事務所所長の木村様、ご祝辞をお願いします。」私が国土交通省の事務所長時代、ある事業推進のための大会に参加していたときの一場面である。地方の事務所長は、来賓祝辞を頼まれることもよくある。事前に依頼され、当日には事務所の担当者に準備してもらった祝辞を読むことが多い。この大会では来賓紹介のみと思っていたが、突然の来賓祝辞の指名であった。事前に原稿を準備しておらず、直前まで議員さんの祝辞はうまいなと聞いていただけであったので、当然、何を話すかも考えていない。驚きつつも、来賓祝辞の基本的な構成を踏まえつつ、自分なりのエピソードを交えて話し、どうにか終わる事ができた。後日、参加していた県会議員にお会いした際、その時の祝辞は良かったと褒めていただいた。
場面は変わり、昨年の土木学会のシンポジウムでの出来事。情報やAI活用に関するシンポジウムで、一つのセッションの座長を務めた。セッション開始の座長挨拶文を生成AIで作成したところ、誠にすばらしい挨拶文が生成された。滑舌の悪い私としては、そのまま、AIに読み上げてもらいたいとも思った程である。ところが、この挨拶原稿は使わなかった。あまりに模範的すぎて、自分の挨拶ではないと感じたからである。どちらが良かったかは、分からないが。
長々と述べたが、今回の主題は、新技術の活用である。新技術の活用に関しては、土木学会においても2020年4月に、「インフラメンテナンス分野の新技術適用推進に関する提言(インフラマネジメント新技術適用推進委員会:委員長田﨑忠行)」が行われている。
内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第1期において、インフラ維持管理に関する技術開発が精力的に展開され、多くの成果を得た時期である。当時のインフラ管理者が、これらの開発技術の適用について積極的でないことを危惧し、提言された。新技術適用推進のための制度構築と、その基幹的な制度である性能規定に基づく発注仕様の制度を具現化するための方策が提言されている。
2022年6月に一般社団法人技術同友会が開催したシンポジウム「国土に働きかける新技術の社会実装に向けて」においても、土木学会新技術適用推進小委員会(委員長野田徹)からの提言が行われている。先の提言を踏まえ、「こなす技術者から考える技術者へ」とし、シーズサイドからの制度構築、性能規定の包括的基準の整備、失敗の許容(サンドボックスの活用)、長期的視点等を示している。
さて、現在、SIP第3期において、久田真プログラムディレクターのもと、「スマートインフラマネジメントシステムの構築」が始まっている。本論説・オピニオン第203回でも紹介されている。
そこで目指すSociety 5.0の実現のためには、技術開発だけでなく、その社会実装が不可欠である。このため、SIPにおいては、①技術開発とともに、②制度、③事業、④社会的受容性、⑤人材についても、関係府省の協力のもと、社会実装の取り組みが進められている。
私はこのSIPに、サブ課題B「先進的な維持管理の仕組みの構築」のプログラムマネージャーとして参加している。ここでは、舗装や道路橋床板といった現場で困っている事象を「5大ニーズ」として設定している。これらを解決するためには、例えば検査技術のみでは従来技術に対する費用面での利点が感じられないため、検査結果に基づく将来の劣化予測や複数の対策技術から最適な技術を選定する手法までも含めたパッケージ技術、トータルとしてコスト縮減につながる仕組みとして取り組んでいる。料理における「コース料理」である。技術の試行としては、これまでのサンドボックスにおける個別技術の試行の枠を超えて、複数の技術をパッケージとして試行し、その効果を実感してもらう、腹落ちしてもらうとともに、導入するための事業創設や制度改善も検討しようとしている。これを「箱庭」と称している。これらの取り組みは、これまでの提言を踏まえたものである。
社会実装はニーズを前提としているが、シーズが起点となって広く使われている事例も多い。例えば、スマートフォンである。パソコンをポケットに入れるほど小型化して仕事がしたい、というニーズがあったとは思えない。スマートフォンが発売され、様々な使い道が生み出され、広がったことにより、爆発的に普及している。使ってみたら面白い、こんな使い方もある、どんどんアプリも開発されている。SIPで開発中の各種技術についても、「箱庭」を通じて様々な方々に使って頂き、改善点の指摘だけでなく、面白かったとの声も頂ければ研究者の励みになる。
土木学会の委員会名は「新技術適用推進小委員会」である。新技術が社会に「適用」して活用されることだけでなく、社会が、私たちの仕事が、新技術に「適応」することが必要である。現在の制度は、当時の社会や技術を前提としている。SIP等の技術開発は、望ましい社会や新しい技術に応じて、制度を変えていくチャンスと捉えている。
さて、この原稿の執筆者は、生成AI?
第208回 論説・オピニオン(2024年9月)