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社会と土木の100年ビジョン-第4章 目標とする社会像の実現化方策 4.6 景観

本noteは、土木学会創立100周年にあたって2014(平成26)年11月14日に公表した「社会と土木の100年ビジョン-あらゆる境界をひらき、持続可能な社会の礎を築く-」の本文を転載したものです。記述内容は公表時点の情報に基づくものとなっております。

4.6 景観

4.6.1 目標

土木の景観分野が目指すべき目標は、美しい国土の実現である。しかし「美しい国土」を目指す、というとき、それは必ずしも、一幅の絵のような風景をつくることを意味しない。自然の特性、地域・都市の歴史や伝統文化、共同体としての民俗風習、現代の生活様式と経済的社会的諸活動、これらの相互作用によりつくりだされる多様な環境の姿が景観にほかならない。我々が目標とすべき美しい国土とは、上記の意味での景観が、地域や都市ごとに個別の特徴や魅力を放ち、それがその土地に生きる人々の誇りや活力となり、同時に外からその地を訪れる人々の喜びや慰めとなる、そういう国土である。 

4.6.2 現状の課題

土木分野において景観を創出する方法は、道路や河川等個々のインフラの設計(デザイン)と、地域・都市空間の質の向上から景観形成を図る計画・まちづくりの二種類に大別される。以下それぞれについて現状の課題を述べる。

(1) インフラ(土木構造物)のデザイン
従来の土木景観分野が主に対象としてきたのは、道路、橋梁、高架橋、護岸、河川構造物等の土木構造物であった。これらの構造物は、それ自体は景観を構成する要素の一部にすぎないとはいえ、その規模や性格ゆえに景観の骨格や印象を大きく決定づける存在であり、1980 年代頃からデザインの質の向上を目指した地道な取り組みが継続されてきた。近年は優れた事例も登場するようになり、また公共構造物に似つかわしくない突飛な意匠を施した例もほぼなくなり、その意味では、高度成長期やバブル期に比してデザインレベルの向上は実現しつつある。しかし一方で、大部分の構造物の設計はいまだ標準設計の慣習のもとルーティンワーク的に行われており、周囲の景観に対して無神経にダメージを与える事例も散見される。先進的な優れた事例を一層増やしていくとともに、平均的な構造物のレベルの底上げを図ることが、引き続き課題である。

(2) 地域や都市の計画・まちづくり
土木構造物のデザインレベルが向上の兆しを見せる一方、地域や都市の景観は、その劣化がむしろ深刻化していると言わざるをえない。特に地方部においては、中心市街地の空洞化、都市空間の均質化、郊外の二次自然の荒廃と土地利用の乱雑化、農山漁村の限界集落化等の状況が、景観の劣化として顕在化している場合が少なくない。しかもこれらの問題は、人口減少と少子高齢化、近代化による共同体の解体、経済のグローバル化と地域経済の崩壊、高度情報化の進展等の長期的トレンドあるいは社会情勢が根源的な影響要因にもなっており、一朝一夕には解決できない文明的課題であると考えねばならない。
一方で、2005 年の景観法全面施行以降、景観行政団体に認められた自治体は568(2013 年1 月時点)、そのうち景観計画を定めた自治体は360 に及んでいる。景観計画自体は、都市計画や建築確認のような実効的規制力を有するとは言えないため、景観の向上にすぐに効果が現れることを期待はしにくいものの、現在の全国自治体における景観まちづくりの活発化に、相応の好影響を与えているものと思われる。
先述した深刻な課題の解決には、今後行政主導のトップダウン的枠組みのみでは限界があることは明らかである。真に生き生きとした景観を取り戻すためには、行政と住民の協働のもと、住民主体のまちづくりの地道な取り組みを展開・継続し、地域や都市の自治力を高めながら景観の形成に結実させる、長期的な戦略が必要となる。

(3) 東日本大震災が提起した課題
2011 年3 月11 日の東日本大震災、特に津波災害は、これからの景観のありかたについても大きな課題を突きつけた。元来日本の景観は、その土地の地形や水系等の自然条件によって、その骨格(集落立地や土地利用、インフラ等)が定まってきた。つまり、景観の骨格を規定している大本は自然であると言ってさしつかえないのだが、その自然は、日々の恵みをもたらす一方で、圧倒的な破壊力をも併せもつ。従前の景観に関する議論のなかで、この自然の両面性のうち破壊力については、意識される機会は希少であったと反省せざるをえない。今後はこの自然の両面性が、景観形成の論理に正当に組み込まれなければならないことを、東日本大震災の経験は教示している。換言すれば、景観の形成や創出の理念のなかに、自然災害に対する備えが内部目的化される必要がある。 

4.6.3 直ちに取り組む方策

(1) 優れた事例の蓄積とデザイン技術のレベルアップ
道路、鉄道、河川、港湾等のインフラは、その規模ゆえに環境を大きく改変し、周辺の景観に対して多大な影響力を有する。計画や設計の質によって、その影響は正負両面を持ち得る。少しでも負の影響を軽減し、むしろインフラ整備によって新たな価値を景観に付与する努力は、後世に対する土木技術者の基本的な責務であるとの認識を共有し、しかるべき実践を継続・蓄積していかなければならない。

(2) トータルデザインの推進~特に都市公共空間の質の向上~
土木インフラのみで景観は創出できない。インフラと周囲の建築物、周辺の土地利用等、様々な要素が総合されてはじめて景観としての質を得る。しかし現実には、要素毎の縦割りで計画や設計が進むことが通例であり、そして景観的な諸問題は殆どの場合、隣接する要素や周辺の要素と無関係に、自己完結的に個々の計画設計が行われることに起因する。この弊害は、特に都市公共空間において顕著である。
近年、駅を中心とする市街地再整備において、土木、建築、都市計画等隣接分野の専門家の共働による駅舎、駅前広場、街路、河川、周辺建築物等の総合的デザインの導入や、ライトアップ等の手法を取り入れるといった好事例がいくつか見られるようになった。今後積極的に継続・推進すべき取り組みである。

(3) まちづくりによるボトムアップ型景観形成の展開
これまで土木における景観創出の取り組みは、事実上、官が事業主体となるインフラ整備事業の枠組み内に限定されてきた。しかしながら、景観の大部分をつくる本来の主体は行政ではなく地域の住民、すなわち地縁的な条件によって規定される共同体としての人のまとまりである。そして、現代の景観の諸問題の根本は、この共同体としての人のまとまりが、景観をつくる主体として機能しにくくなっている、という点に帰着する。したがって、行政からのトップダウンによる景観形成ではなく、コミュニティ・ディベロップメントを意識したまちづくりによるボトムアップ型の景観形成・創出の取り組みを推進していく必要がある。具体方策として、以下の2 つを挙げる。

1)身近な生活空間の魅力の向上とコミュニティの再生
コミュニティで共有する身近な街路、広場・公園、小河川等の土木空間は、住民がコミュニティ単位で議論し、まちづくりの主体意識を喚起する格好の対象である。

2)歴史的環境や自然環境をいかした地域のまちづくり
歴史的な風情を残す町並み、地域を支えてきた歴史的土木構造物、里山に代表される二次的自然環境等も、それらを保全し活用する試みは、コミュニティのまちづくりに対する意識を高め、住民の主体意識を涵養する上で有効な対象である。

(4) 無電柱化の推進
道路の防災性の向上、安全で快適な通行空間の確保、良好な景観の形成や観光振興等の観点から、無電柱化を推進すべきである。また、東京オリンピック・パラリンピックの開催や訪日外国人2000 万人戦略を契機に、国民的な取り組みとして本格的に無電柱化を展開するため、直接埋設方式や小型BOX を活用した簡易な埋設方式の導入や占用料の減免等を実施すべきである。 

4.6.4 長期的に取り組む方策

(1) 地域の自治力を高め、景観形成につなげる戦略~デザインとまちづくりの連動~
現在の地方の景観の劣化は、本質的に、地域の自治力の衰退の顕現である。したがって、仮にインフラや公共施設等のデザインが単体として優れていたとしても、根本的かつ直接的な課題解決にはつながらない。つまり、現代の景観に関わる諸問題は、インフラという要素のみに着目して対策を講じるだけでは解決不可能であると考えねばならない。
前項で述べたまちづくりによるボトムアップ型景観形成の展開は、長期的に見れば、地域の自治力の回復と向上に、その目標地点が定められるべきものである。つまり、まちづくりに対する住民の主体意識、地域の運営に対する行政の当事者意識の双方を高め、両者が共働することによって自ら問題解決する能力を獲得することが重要な内部目的であり、そのためには場当たり的ではない長期的まちづくり戦略が今後必要となってくる。
元来、インフラや公共施設のデザインは、まちづくりの中で適切に用いられるならば、その景観形成への影響力の大きさゆえに景観形成をリードする要になり、また公共性の高さゆえに住民の主体意識を刺激し地域の自治力回復に寄与する、重要な機能を果たすことが可能である。インフラのデザインにまちづくり戦略上の意図や位置付けをきちんと与え、ハード整備とソフト戦略を戦略的な意図をもって連動させることによって、地道に地域の自治力の再生と景観の形成を図る取り組みを進めていかねばならない。

(2) 防災と景観を一体で考える思想~総合的な地域戦略の構築に向けて~
東日本大震災によって、従来のように堤防等の防災インフラのみに全面依存する暮らし方には限界があることが、誰の目にも明らかとなった。今後は、人口減少と少子高齢化を前提に、防災・減災上の合理性を考慮した都市域や市街地の集約、土地利用の再編、地域間の機能連携等によって防災インフラの機能を補完し、総合的に災害リスクをコントロールする地域・都市計画の理論と方法論の確立、およびその実践が、次世代の土木や都市計画分野の最重要課題のひとつとなるであろう。そしてそれは本質的に、その地域の自然条件に対して理にかなった人文環境の整備を志向するもの、すなわち景観の形成にとっても正の効果をもたらすものでなければならない。
景観は、自然の摂理が生み出す所与としての土地の秩序・条件と、人間の社会的営みが要請する土地の利用、その両者の調和あるいはせめぎあいの結果として立ち現れる。それは、あらゆる地域で自然災害と無縁ではありえないわが国において、特に顕著であると言ってよい。東日本大震災の経験は、近代以降人間中心主義にやや偏しすぎた感のある現代日本の地域や都市のありかたを見つめ直し、両者のバランスを再検証する機会である。
この機会に、防災と景観を一体で思考することにより景観の形成やそのありかたの本質的理解をむしろ深め、それをもって、従前充分な連動性を欠いていた地域施策、都市計画・まちづくり、インフラ整備を統合し総合的な地域戦略の構築につなげていく際の、ひとつのスコープを提示していかねばならない。


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