日本インフラの体力診断-都市鉄道-
土木学会事務局です。
土木学会では、インフラ健康診断・日本インフラの能力診断との組み合わせで、日本のインフラの「強み」「弱み」を総合的に評価する資料・データとして活用していただくよう、インフラの体力診断を行い、2022年7月26日に第二弾となるレポートを公開いたしました。
本記事は、インフラ体力診断のページに掲載したPDFレポートの内容から、都市鉄道WGの内容をnote向けに再構成したものです。コラムや脚注、参考資料等省略している部分やリンク等を追記した部分がございます。詳細は「日本インフラの実力診断」のページに掲載しているPDFをご確認ください。
それでは早速、日本の都市鉄道の体力診断結果をご覧ください。
1.都市鉄道の政策目標とその意味
都市鉄道は都市圏の基幹的交通機関として,重要な役割を担っている.戦後のわが国の都市鉄道は,東京,大阪,名古屋の三大都市圏においては,通勤・通学時間帯の混雑緩和のための輸送力増強や,大量の宅地供給など拡大する都市圏の交通機能を支えることを目的に,札幌,仙台,広島,福岡の地方中枢都市においては,道路交通の混雑緩和,都市構造の変革を主目的に整備が進められてきた.
このうち三大都市圏の鉄道整備計画については,国の審議会(運輸政策審議会(現在の交通政策審議会),地方交通審議会)から,長期的な展望に立った基本的な計画が答申されており,ここではこれらの計画における政策目標について述べる.
(1)運輸政策審議会答申(三大都市圏)
近年の三大都市圏における都市鉄道の政策目標に関しては,表-1のように運輸政策審議会の答申で示されている.
具体的には,①輸送力増強による混雑緩和,②都市構造の形成・まちづくり支援,③速達性,快適性の向上等輸送サービスの高質化,④持続可能な輸送サービスの確保の4項目が挙げられている.①~④の概要は次の通りである.
① 輸送力増強による混雑緩和
新線整備,複々線化等による輸送力増強,混雑率指標による目標値設定.
混雑率に関する具体的な目標値について,運輸政策審議会答申第19号では,『大都市圏における都市鉄道のすべての区間のそれぞれの混雑率を150%以内とすること,東京圏については,当面,主要区間の平均混雑率を全体として150%以内とするとともに,全ての区間のそれぞれの混雑率を180%以内とすることをめざす』と記載.
② 都市構造の形成・まちづくり支援
大都市圏の都市構造の形成支援,ニュータウン開発による宅地供給の支援.
駅及び駅周辺地域の総合的な改善,連続立体交差化事業等の都市側事業や道路整備との適切な連携.
都心と空港間のアクセス時間の短縮や乗換え回数の改善.
空港アクセスに関する具体的な目標値について,運輸政策審議会答申第19号では,『国際的な空港と都市圏との間を鉄道で連結することが適当である場合には,当該空港アクセス鉄道について,その所要時間の短縮に努めるものとし,空港と都心部との間の所要時間を30分台とすることをめざす』と記載.
③ 速達性,快適性の向上等輸送サービスの高質化
郊外居住地と業務集積地間の速達性向上,相互直通運転や同一ホーム・同一方向乗換え化(シームレス化).
エスカレーター,エレベーターの設置,案内表示の充実.
ICカードの導入,鉄道事業者間の相互連携.
④ 持続可能な輸送サービスの確保
上下分離方式等整備・運営主体の検討,第三セクターの検討.
建設費の低減,建設資金の確保.
(2)交通政策審議会答申(東京圏)
東京圏については,2016年4月に交通政策審議会より今後の都市鉄道のあり方に関する答申(交通政策審議会答申第198号)が出され,従来からの目標である①国際競争力の強化,②豊かな国民生活,③まちづくりと連携,④駅空間の質的進化に加えて,⑤信頼と安心,⑥災害対策が新たに追加されている.
① 国際競争力の強化
ビジネス・観光等の拠点と空港・新幹線駅とのアクセス強化.
拠点まちづくりの進展とシンクロした駅・路線の整備.
② 豊かな国民生活
混雑緩和(ピーク,ピーク外),移動全体のシームレス化.
③ まちづくりと連携
ユニバーサルデザイン化,郊外部での沿線まちづくり.
④ 駅空間の質的進化
ゆとりある駅空間を形成,まちとの一体性の創出.
⑤ 信頼と安心
遅延の「見える化」,対策強化,情報提供の拡充.
⑥ 災害対策
災害対策の「見える化」.
ハード・ソフト両面の災害対策の強力な推進.
なお,同答申では,1)国際競争力の強化に資する鉄道ネットワークのプロジェクトとして8路線,2)地域の成長に応じた鉄道ネットワークの充実に資するプロジェクトとして16路線がそれぞれ提示されている(参考図-1).
(3)地方交通審議会答申(大阪圏)
大阪圏については,2006年10月に近畿地方交通審議会より望ましい交通のあり方について答申が出された.具体的には,旅客輸送量は今後も僅かずつ減少することが予測されるが,一方で,環境問題,都市再生,ゆとりある生活の実現等の観点から鉄道への期待は高まっているという背景を踏まえ,次のような方針を示している.
鉄道ネットワークが概成しつつある中,まずは既存の鉄道事業の活性化や地域と一体となった駅機能の高度化等を図ることが重要.
次に,既存の鉄道施設の改良等による質の高い鉄道サービスの提供を目指すべき.
その上で,地域開発、直通運転化等に関連した新規路線の整備を検討する必要.
なお,2014年7月に開催された第10回近畿地方交通審議会では,京阪神圏において中長期的に望まれる鉄道ネットワークを構成する新たな路線が提示されている(参考図-2).
2. 計画目標の達成度
都市鉄道の主要な政策目標の一つである混雑緩和について,三大都市圏における混雑率の推移を示したのが図-1である.混雑率は,輸送人員を輸送力で除した算出した指標である(混雑率の目安(イメージ)を参考図-3に示す).これまでの新線整備,複々線化,車両の長編成化等の輸送力増強や,沿線の生産年齢人口の減少にともなう輸送人員の減少により,長期的に低下傾向にある.特に大阪圏においては,1998年から2008にかけて輸送人員が大幅に減少している.
新型コロナウイルス感染拡大前の2019年度の平均混雑率をみると,東京圏が163%,大阪圏が126%,名古屋圏が132%であり,東京圏では政策目標である150%以内は未達成であった.
2020年度は,新型コロナウイルス感染拡大による在宅勤務の普及拡大等により輸送人員が大幅に減少する一方,輸送力はこれまでの水準が維持されたことから混雑率は大幅に低下し,主要路線の平均混雑率は東京圏が107%,大阪圏が103%,名古屋圏が104%であり,いずれも政策目標を大きく下回っている状況である.
以上のような都市鉄道の輸送人員の減少傾向については,在宅勤務を中心としたテレワークの普及や新たな行動様式の定着に大きく依存するものであり,現時点で今後の動向を見通すことは困難である.この点について,2021年5月に策定された第2次交通政策基本計画では,次のような見解が示されている.
『新型コロナウイルス感染症の感染拡大による外出・移動の自粛により,旅客の輸送需要が大きく減少した.ポストコロナの時代においても,特に都市部では,通勤や移動のあり方の変容などにより,以前の水準まで需要が回復することは期待できないとの声もある.交通事業者の収益が悪化し,投資余力が減少する中においても,利用者サービスの高度化に向けた継続的な設備投資は必要であり,そのための財源確保策を図る必要がある.その一方で,大都市圏では,人々が意識を共有し,テレワーク(在宅勤務,サテライトオフィス勤務等)や時差出勤等により適切に行動を変容させれば,長年の懸案である都市鉄道などの交通混雑が顕著に緩和できることが明らかとなった.この経験を踏まえ,利用者を含むあらゆる関係者に対し混雑回避に向けた行動を促す施策の検討に意欲的に取り組む必要がある.』
『ポストコロナ時代における企業のワークスタイルの変化や公共交通機関の利用の実態等を見据え,混雑緩和等の交通サービスのあるべき姿について検討を行う.特に,大都市部においては,都市鉄道等における通勤時間帯等の混雑緩和を促進させるため,ポストコロナ時代の利用状況を十分に検証の上,必要な施策を検討する.具体的には,時差通勤等による分散乗車の取組を一層深めていくほか,例えば,変動運賃制(ダイナミックプライシング)等の新たな対策について,その効果や課題について十分に検討する.』
今後の混雑対策については,上述のようなテレワークや時差出勤等の行動変容にともなう需要動向を注視していくとともに,鉄道利用者の混雑忌避感が増大していることなども考慮し,通勤時間帯における快適性向上と費用負担のあり方に関する議論を深めていくことが重要である.
3. 整備水準の国際比較
(1)駅数・路線延長・駅密度・路線密度
わが国の都市鉄道の整備状況は国際的にみていかなる水準にあるのか,世界の各都市との比較を行う.整備水準指標として,鉄道駅数,路線延長とそれらの密度を用いて比較した結果を表-2に示す.鉄道駅,路線延長については,ロンドン,東京,ニューヨークの3都市で規模が大きく,駅密度,路線密度については,パリ,大阪,東京の順に大きい.このように東京と大阪の鉄道は,世界的にも高い整備水準である.また,名古屋について,路線延長はこれらの都市に比べて短いものの,路線密度は概ね中位の水準である.
ここで,三大都市及び地方中枢都市の駅数,駅密度を図-2に示す.駅数は東京都区部が最も多く,次いで大阪市,名古屋市の順である.駅密度は大阪市,東京都区部が高く,次いで名古屋市の順であり,地方中枢都市では福岡市がやや高いものの,三大都市と地方中枢都市の差は大きい.
これらの地方中枢都市と人口が同規模である100万~200万人の世界の都市の鉄道の整備水準を比較する.ここではデータ入手の制約等から,地下鉄を対象に駅数,営業キロを比較した結果を表-3に示す.これよりバルセロナやハンブルク,ミュンヘンなどの欧州の都市と比較すると,駅数,営業キロとも低い水準であるが,全体的には中位~やや下位である.
(2)輸送人員
世界の都市における鉄道の利用状況について,主要な輸送機関である地下鉄の輸送人員に着目して比較を行う.まず,東京,大阪,名古屋と世界の都市を比較する.図-3は,地下鉄の輸送人員が上位10の都市(北京~メキシコシティ)及びパリ,大阪,名古屋の人口と輸送人員の関係を示したものである.輸送人員は,北京,東京,上海の3都市が1,000万人/日超である.また,都市の人口との関係をみると,概ね人口の大きさに比例しているものの,東京とパリは人口規模より輸送人員が多い傾向である.
図-4は,わが国の地方中枢都市と人口が100万人~200万人と同規模の世界の都市を対象に,人口と地下鉄の輸送人員の関係を示したものである.全体的には,輸送人員が100万人超の都市群(モントリオール,ウイーン,ミュンヘンなど)とそれ以外に区分される傾向である.
札幌,福岡,仙台は同水準の人口の都市と比較して,輸送人員は概ね同様もしくは高いのに対して,広島は低くなっている.これは,広島は鉄道に比べて輸送力が小さい新交通システム(地下区間が存在することから比較の対象とした)が導入されているためである.
なお,参考として,札幌,広島,仙台について,地下鉄以外にJR在来線,路面電車の輸送人員を合算した結果を図中に追記している(図中において●で表示).
(3)表定速度(速達性)
都市鉄道の特長の一つである速達性について,東京圏の鉄道路線の表定速度を示したのが図-5である.JR東日本の各路線は,緩急分離されていることもあり46.6~64.3 km/hと高い.
大手民鉄は,西武池袋線が53.5km/h,東武伊勢崎線が52.2 km/hと複々線化を行った路線は表定速度が高い.一方で,複線の路線(上記2路線以外の路線)は32.6~49.2 km/hと低い傾向である.なお,小田急線は39.3 km/hであるが,2018年3月の複々線化事業の完了により48.6 km/hに改善されている.
第三セクターは,北総線が71.4 km/h,つくばエクスプレスが56.8 km/hと高い.地下鉄は,急行・快速を除いて全体的に低く,25.8~34.4 km/hである.
このような表定速度の差異には列車の運行本数が影響していると考えられることから,両者の関係を示したのが図-6である.ピーク1時間あたり運行本数が増加するほど,表定速度が低下する傾向がみられる.したがって,運行本数を減らせない状態で表定速度の向上を図るためには,複々線化等による線路容量の増大が必要であるものと考えられる.
(4)空港アクセス
空港アクセスに関しては,上述の通り運輸政策審議会答申第19号において,国際的な空港と都心部の所要時間を30分台とすることが目標として掲げられている.表-4は主要駅~空港間の所要時間を示したものである.
このうち羽田空港は1964年の東京モノレール開業以降,モノレール羽田空港駅延伸開業(1993年),京急羽田空港駅延伸開業(1998年),モノレール昭和島駅待避線完成にともなう空港快速運行開始(2007年),国際線旅客ターミナルビル新駅開業(2010年),京急蒲田駅改良(ホーム2層高架構造化)(2012年)などの改善が図られてきた.
また,成田空港は1978年の京成成田空港駅開業とスカイライナー運行開始以降,JR成田エクスプレス運行開始(1991年),成田スカイアクセス線開業(2010年)などによりアクセスは改善されているものの,東京都心部との所要時間は50分程度であり,上述の目標には到達していない(日暮里~成田空港間では30分台を達成).伊丹空港,関西国際空港と大阪中心部との所要時間はそれぞれ48分,65分であり,同様に目標には到達していない状況である.
一方,地方中枢都市では,1992年に新千歳空港駅が開業し札幌方面との間で快速エアポートが運行を開始しており,1993年には福岡市営地下鉄の博多~福岡空港間が延伸開業している.また,2007年には仙台空港線が開業し,JR東北本線に直接乗入れることで,仙台駅から乗換えなしでアクセスが可能となっている.
以上のような東京,大阪の空港アクセスの現状は,国際的にみて必ずしも十分な水準ではなく,引き続き改善に向けた取組が必要である.現在,以下の2つの新線整備が進行中であり,開業後には東京都心部と羽田空港間,大阪中心部と関西空港間の所要時間の短縮が見込まれている.
JR東日本・羽田空港アクセス線:東京~羽田空港間18分
関西高速鉄道・なにわ筋線:大阪(梅田)~関西国際空港間44分
4. インフラの質的評価
(1)シームレス化
1)相互直通運転・同一ホームでの乗換え
わが国では長年にわたり,複数事業者間の相互直通運転や同一事業者内の直通運転化に取り組んできており,その結果,乗換えによる負担軽減やホーム,コンコースにおける混雑緩和が図られるなど,鉄道利用者の利便性が向上している.東京圏の場合,1970年の相互直通運転の延長が700 kmであったものが2015年には1,831 kmとなり,総延長の75%を占めている(参考図-4).なお,大阪圏や名古屋圏では,東京圏ほど相互直通運転は普及していない.また,海外ではパリで行われているものの,乗入れ箇所(境界駅数)は2箇所と少ない.
一方,相互直通運転には,列車の行き先表示や列車種別が多様化・複雑化すること,運行ダイヤの乱れが広範囲に波及するケースが見られるなどの問題も発生している.このうち後者については,折り返し設備の導入など線路設備の改良や,折り返し運転の実施,直通運転の中止等の運転整理等のソフト面の取組が行われている.
なお,異なる路線間での乗換えを同一ホームで可能とすることで,シームレス化を図っている駅もある(赤坂見附駅,表参道駅,相互直通運転の境界駅等).中目黒駅では2013年3月の東急東横線と東京メトロ副都心線との相互直通運転開始を契機に,東京メトロ日比谷線との相互直通運転を廃止しているが,同一ホームでの乗換えが可能であり,一定の利便性が確保されている.
2)ICカード乗車券の相互利用化
鉄道のICカード乗車券は,2001年にJR 東日本が首都圏を対象に「Suica」を導入して以降,「ICOCA」(JR西日本等),「PASMO」(首都圏の大手民鉄等)など10種類のサービスが展開されている.これらのICカード乗車券は相互利用が可能であり,利便性の向上が図られている.
3)振替輸送
突発的な事故等によって鉄道の運転が見合わせとなった際に,あらかじめ支障区間の乗車券を所持している場合,追加運賃を支払うことなく,他社路線など別の経路を利用することができる振替輸送サービスが行われている.
わが国の都市鉄道は複数の異なる事業者が独立採算の下で運営されており,サービス面での競争を行いつつも,上記のような利用者の利便性を高めるための協調した取組を行っている.
(2)バリアフリー化
1)わが国のバリアフリー化の状況
わが国では2000年の交通バリアフリー法の制定以降,鉄軌道駅のバリアフリー化が推進されてきた.図-7は,2002年度以降の①段差の解消,②視覚障害者誘導用ブロックの設置,③障害者用トイレの設置の達成率の推移を示したものである.このうち①の段差の解消された駅とは,「エレベーターなどの設備により,乗降場ごとに高齢者,障害者等の円滑な通行に適する経路を1以上確保している駅」である.
達成率の基準となる対象駅は,当初1日当たりの平均的な利用者数が5,000人以上の駅であったが(図中の基準2),2010年度に3,000人以上に見直され(同基準1),さらに2020年度に後述の通りの見直しが行われている.
①~③とも2010年度までに大幅に増加しており,2020年度末では,①段差解消は95.0%,②92.1%,③は95.6%である.また,①について,JR旅客会社6社は95.0%,大手民鉄15社が98.8%,地下鉄10社局が98.8%と概ね100%に近い水準である.
最新のバリアフリー指針は,3,000人以上/日の施設,及び基本構想の生活関連施設に位置付けられた2,000人以上/日の施設を対象に原則100%となっている.また,駅の利用状況等を踏まえ,可能な限りバリアフリールートの複数化を進めることが重要であると指摘されている.さらに近年では,ホームドアの設置に対する社会的要請が高くなっており,整備の促進が求められている(2011年度末から2020年度末までの10年間で,設置駅数は519駅から943駅へ約1.8 倍増加).
このようにより高い水準のバリアフリー施設の整備など,利用者ニーズの高度化を受けた設備投資の必要性が高まっているが,これらの投資は必ずしも事業者の増収につながらない.こうした利用者ニーズの高度化に対応した鉄道事業者の設備投資について,受益者負担の観点から負担のあり方を見直し,鉄道の安全性及び利便性向上の早期実現を促進することを目的として2021年度に鉄道駅バリアフリー料金制度が創設され,2022年4月にJR東日本,東京メトロが同制度を活用することを発表している.
2)海外の都市鉄道のバリアフリーの状況
① ロンドン
ロンドンの地下鉄のバリアフリーの状況は,270駅中 Step-free access street to platform(地上からホームまで段差なくアクセス可能)な駅が51駅,Step-free access street to train(地上から車両まで段差なくアクセス可能)な駅が53駅である(いずれも2019年5月29日現在).
② パリ
パリの鉄道のバリアフリーの状況は,地下鉄は301駅中 d‘arrêts accessibles(車いす利用者だけでも利用可能)な駅が9駅(14号線のみ),郊外鉄道(RER)は449駅中,147駅である(いずれも2017年度).なお,フランスにおけるバリアフリー対応駅は,車いす利用者だけでも利用可能な駅を指している.
③ ベルリン
ベルリンの地下鉄のバリアフリーの状況は,175駅中78%がバリアフリー化済,73%が視覚障害者対応済で,2022年までに全駅対応という目標が掲げられている.新しい地下鉄車両はホームと車両の段差がほとんどなく乗降可能で,この割合は全体の40%程度.古い車両は全てスロープにより乗降可能である.
(3)踏切道の問題
鉄道と道路が交差する踏切道は,交通事故の発生リスクが相対的に高い箇所であり,輸送障害の主要な原因の一つともなっている.また,踏切道に起因する道路利用者の時間損失は社会経済活動へ多大な影響を及ぼしている.これまで立体交差化等による踏切道の除却や踏切の統廃合などの対策が実施されてきており,引き続きこれらの対策の推進が必要である.
1)踏切事故の発生状況
三大都市圏を含む関東,近畿,中部の各運輸局管内における踏切事故の発生状況を図-8に示す.各運輸局管内とも,近年は横ばいからやや減少傾向にあり,2020年度の踏切事故は,関東が42件,近畿が32件,中部が30件である.
2)海外主要都市との踏切数の比較
国土交通省のWebサイトによると,東京23区の踏切数は620箇所であるのに対して,ニューヨークは48箇所,ベルリンは46箇所,ロンドンは13箇所,ソウルは13か所,パリは7箇所であり,東京は海外の主要都市と比較して非常に多い状況である.
3)緊急に対策の検討が必要な踏切
このようにわが国では多くの踏切が存在しており,対策が急務となっている.国土交通省においては,2016年6月以降,緊急に対策の検討が必要な踏切(カルテ踏切)を選定し,対策を実施している.2021年10月時点のカルテ踏切について,対策の実施や踏切における交通量,遮断時間,事故の減少により課題が解消された箇所がある一方,移動等円滑化の促進の必要性が特に高い踏切が新たに追加されたことにより,全国で1,336箇所となっている.このうち三大都市圏のカルテ踏切の件数とその内訳を表-5に示す.首都圏と近畿圏では開かずの踏切や歩行者ボトルネック踏切の割合が高いのに対して,中部圏では自動車ボトルネック踏切の割合が高い傾向である.
図-9は,首都圏(1都3県)のカルテ踏切のうち開かずの踏切の分布を示したものである(中部圏及び近畿圏に関しては,参考資料に記載).また,図-10及び図-11は,首都圏におけるカルテ踏切における対策の進捗状況を示したものである.進捗状況は,各都県とも「指定前」が概ね7割~8割を占めており,「検討中」は連続立体交差事業の準備中区間が多い.
なお,連続立体交差事業の完了後には,高架下の空間もしくは地下化した線路跡地を活用したまちづくりなどが行われている(【3頁後のコラム】参照).
(4)旅客の安全確保
1)国の取組
都市鉄道の旅客の安全対策に関しては,1995年3月の地下鉄サリン事件や2004年3月のスペインの通勤列車の爆破テロ,2005年7月のロンドンの同時爆破テロなどを踏まえて,鉄道事業者,国土交通省及び警察当局が連携して,鉄道施設等に対するテロの未然防止のための対策を実施してきている.具体的には図-11に示す通り,駅構内や列車内における警戒強化を中心に対策が講じられてきた.
こうしたなか,2021年8月に小田急線の車内で,10月に京王線の車内でそれぞれ傷害事件が発生するなど,都市鉄道において利用者の安全を脅かす事件が相次いで発生したことから,国土交通省は鉄道事業者と意見交換を行った上で,対策を公表している(参考図-10,参考図-11).対策のポイントは次の通りである.
乗客の安全な避難誘導の徹底
各種非常用設備の表示の共通化
利用者への協力呼びかけ
車内の防犯関係設備の充実
手荷物検査の実施に関する環境整備
なお,国土交通省では2021年12月より,防犯関係設備や非常用設備に係る技術基準について検討を開始している.
2)鉄道事業者の取組事例
わが国の鉄道事業者における旅客の安全対策は次の通りである.
① 東京地下鉄
駅構内セキュリティカメラの更新・増設(2020年度完了予定)
車内セキュリティカメラの設置拡大(新型車両の導入,車両の大規模改修時に順次導入予定)
新技術を活用した更なるセキュリティ対策の実施
画像認識機能を活用した不審物や危険物等の検知機能を搭載
② 東急電鉄
駅構内の状況確認や犯罪抑止を目的に,ホーム,改札口,券売機,定期券うりばに防犯カメラを設置
定期的に駅係員及び警備員が駅構内を巡回し,不審物,施設の不備などを確認
LED蛍光灯一体型の防犯カメラを全車両に導入
遠隔地からでも映像をほぼリアルタイムに確認可能
③ 京王電鉄
車内や駅構内の非常時における早期状況把握
従来から進めてきた車内防犯カメラについて,リアルタイム伝送機能を持つ仕様に変更のうえ全車両へ設置(2023年度末を目途に全車両への設置を完了予定)
リアルタイム伝送機能を持つホーム上防犯カメラを全駅へ設置(同上)
曲線ホーム等の一部駅に設置の車掌確認用モニターを終日稼働(事件後に対応済)
非常時における車内の速やかな避難誘導
非常用設備の認知度向上
同種事件の未然防止
3)海外の取組事例
海外の鉄道事業者等における旅客の安全対策は次の通りである.
① ロンドン
ロンドン地下鉄では,2005年の列車爆破テロを契機に大半の車両で防犯カメラが装備されるとともに,ホームを含む駅構内に計77,000基のカメラを設置(東洋経済ONLINE)
ロンドン交通局(TfL)は,ロンドン警視庁(MPS),英国鉄道警察(BTP),ロンドン市警察(CoLP)の計2,500人以上の警官に資金を提供し,犯罪や反社会的活動を取り締り,ロンドンにおける移動の安全を確保(ロンドン交通局)
② パリ
パリの地下鉄・トラム,駅,バスのすべてに,2021年末まで防犯カメラが設置される計画
③ ベルリン
ベルリン市交通局(BVG)では,ほぼ全ての車両と地下鉄の全173駅に防犯カメラを設置,2020年だけで地下鉄駅に1,530台のカメラを増設
地元メディアよると地下鉄駅の防犯カメラの設置台数は5,083台(2019年)
577箇所に緊急通報柱(緊急通報ボタンや通話機能を持つ設備)を設置.ベルリン警察と協力して,安全確保(警備)のため年間7,300万ユーロを投資
駅・車内の安全確保(警備)に平均1,030人の治安部隊が動員され,犯罪発生数は2010年比で9.5%減少
④ ニューヨーク
ニューヨーク都市交通局(MTA)が2021年秋に,セキュリティ対策の一環として,地下鉄全472駅に防犯カメラを設置
日本の鉄道警察隊のような組織があり,駅構内に派出所が設置されている
(5)駅空間の質的向上
鉄道駅は交通ネットワークのノードとしての役割に加えて,近年はまちづくりの拠点としての重要性が増大しており,駅構内において利用者や住民のための多様なサービスを提供する施策が展開されているほか,高質化の取組もみられる(次頁の【コラム】参照).一方で,ホームやコンコース等における混雑緩和や上述したバリアフリー化の更なる推進,外国人等への分かりやすさの向上など課題も多く存在しており,駅空間の質的向上が求められる.
(主な課題)
ホーム・コンコース等における混雑緩和
ホーム,コンコース,通路の拡幅,ホームの新設などバリアフリー化の更なる推進
2,000人以上/日の原則100%達成,バリアフリールートの複数化など(本章(2)を参照)ホーム上の安全確保
ホームドアの整備促進外国人等へのわかりやすさの向上
無料公衆無線LANの整備,標識等の多言語化,案内表示の連続性や統一性の確保,駅ナンバリングの整備・周知など
(6)新型コロナによる都市鉄道の経営体力への影響
2020年春以降の新型コロナウイルス感染症の流行によるテレワークの普及や外出の自粛などの行動変容は,公共交通の利用を大きく減少させている.一方で社会経済活動の維持のため,これらのサービスは継続した提供が求められている.都市鉄道についても例外でなく,運賃収入が大幅に減少している.図-12は大手民鉄等における2021年度及び2020年度の運賃収入の対2019年度比(%)を示したものである.2019年度と比較すると,2020年度は55%~74%(平均67%),2021年度は62%~79%(平均74%)であり,コロナ流行前の2~3割低い水準である.
その結果,多くの鉄道事業者において鉄道部門は赤字の状況である.2021年3月期決算では,大手民鉄16社のうち10社が営業損失を計上しており,その規模は△442億円(東京メトロ)~△31億円(相鉄)と大きい.また残りの6社の営業利益についても,0億円(西武)~49億円(京王)と前期と比較して非常に低い.
各鉄道事業者においてもコスト削減の取組を促進させているものの,急激な環境変化には対応できていない.このような都市鉄道の経営体力の低下は,鉄道事業者における安全や防災などの更なる投資意欲を減退させ,ひいては利用者サービスの低下につながることが懸念される.したがって,持続的に安全性や利便性,快適性の向上を図っていくためには,鉄道事業者の経営体力の強化が重要な課題であり,その一環として運賃改定の動きもみられる(表-6).
5. 総合アセスメント
都市鉄道WGでは,三大都市圏及び地方中枢都市(札幌,仙台,広島,福岡)を対象に,各種資料や統計データ等を用いて,量的評価及び質的評価を行った.
①量的評価
東京と大阪は世界の主要都市の中で高い整備水準であり,名古屋は路線網の規模は小さいものの,路線密度は中位である.また,地方中枢都市は,海外の同規模都市と比較すると中位~やや低位の水準である(ただし地下鉄を対象とした評価)
わが国の三大都市圏では,混雑緩和が長年の課題であったが,新線整備や複々線化等の輸送力増強と生産年齢人口の減少が相まって混雑率は低下基調にあり,2020年以降のコロナ下では,在宅勤務の拡大等により大幅に緩和された
空港へのアクセスは,1964年に東京モノレールが開業したのを端緒に鉄軌道による空港への乗入れが進展し,利便性の向上が図られてきた.今後について,国際的な視点からさらなる改善に向けた取組が重要である
②質的評価
東京圏で拡大した相互直通運転によるシームレス化はわが国独自の取組であり,利便性向上に大きく寄与している.また,ICカード乗車券の相互利用化や事故等の際の振替輸送サービスも行われている.わが国の都市鉄道は複数の異なる事業者が独立採算の下で運営されており,サービス面での競争を行いつつも,利便性を高めるための協調した取組を行っている
鉄道駅のバリアフリー化は,2000年の交通バリアフリー法制定以降整備が急速に進展し,1経路の段差解消は概ね達成,欧米の都市に比べて高い達成率である.今後の段差解消経路の拡大やホームドアの設置に関しては,新設されたバリアフリー料金制度を活用しつつ整備を進めることが重要である
わが国では海外に比べて多数の踏切が存在し,時間損失や交通事故の発生など社会へ多大な影響を及ぼしている.国が指定した緊急に対策の検討が必要な踏切(カルテ踏切)を対象に,引き続き立体交差化等の対策の推進が必要である.また,旅客の安全確保について,わが国では地下鉄サリン事件以降,駅や車両の警備強化や防犯カメラの設置等を実施してきたが,2021年の車内での傷害事件の発生を受け,対策の強化が課題である
多くの人が利用する駅構内では,近年,利用者や住民のための多様なサービスを提供する施策が展開されており,高質化の取組もみられる.ホーム・コンコース等における混雑緩和,ホーム上の安全確保,外国人等へのわかりやすさの向上などの課題への対応が必要である
2020年以降の新型コロナの影響を踏まえ,持続的に安全性や利便性,快適性の向上を図っていくためには,鉄道事業者の経営体力の強化が重要な課題である
参考
他の分野の「インフラ体力診断」のレポートは、マガジン「日本インフラの体力診断」からご覧ください。
日本のインフラの状態を評価する「インフラ健康診断」とあわせて、この国のインフラの実情について、知っていただければと幸いです。