現場第一線に携わる土木技術者としてのインフラDXに対する心構え
伊藤 正秀
論説委員
(一財)土木研究センター理事長
インフラを含め、世の中はDX(デジタルトランスフォーメーション)ブームである。「データとデジタル技術を駆使して公共サービスや働き方改革を実現する」ことに疑問の余地は全くない。既に大規模施工やオンライン申請ではDXの実装が進んでいる。一方、私が関わってきた分野の技術開発では、担当者が当惑する姿を何度も見てきた。ブームの陰で何が起きているのか、どう乗り越えていったらよいのか、体験談と私見を述べてみたい。
混乱は大別すると2種類、一つは「何から手をつければいいのか」と途方に暮れる姿、もう一つが聞こえの良いキャッチフレーズから脱却できずにもがく姿である。
前者の例に、公物の法定点検結果をデータベース(DB)化する受託業務がある。実は、点検結果は点検者が記入・入力する際に誤りが多く、DB化に膨大な負荷がかかっている。この改善策・システム開発の検討も進まない中で、点群データによる異常箇所の抽出など高度なDXの議論が始まり、担当者が右往左往していた。
後者では、i-constructionの一環であるPRISM(官民研究開発投資拡大プログラム)の経験がある。私は国の研究開発とりまとめの立場で、民間技術の公募・全国試行を踏まえた実装について議論を何度も行ったのだが、「基準化を目指す」、「試行を継続・拡大する」といった担当者の判で押したような一般論の説明に辟易したものである。政策的なキャッチフレーズ(これ自体は別の目的のためには必要)から脱却できず、技術実装の具体的なプロセスに進んでいかないのである。
名誉のために付記すると、上記の担当者は、本来、優秀な方たちである。では、何故、こんなことになってしまうのか。乱暴だが端的に言うと、「不慣れなITやDB化の急速な進展に乗り遅れないことが目的化し、自らの専門技術と現場実務での視点を忘れている」ことにあるように思う。DXという大きな流れと、培ってきた技術力が結び付いていない、結び付けることに気づく余裕を失っている、というのが私の見立てである。
そう考え、前者では少し遠回りをして、現場での点検手順の現状と課題の整理を指導した。次に、課題がITやDB導入によりどう改善されるか、管理者・点検者の目線で具体的に書き出す。例えば、点検結果は現地で(エラーチェック付画面で)入力し書類も自動整理、点群データとAIで異常箇所を絞り込み危険な現場踏査を短縮・効率化といった具合に。極めて基礎的、高度で将来的な改善と違いはあるが、いずれも現場実態に根差した具体感がある。その上で、何から改善するか、必要なシステムは何か、時間軸を意識することも促した。
後者の例では、一般論の実用化スキームではなく、具体の技術を取り上げ実装手順のプロトタイプを作ることを目指した。比較的熟度の高い「画像による鉄筋出来形計測技術」に狙いを絞り、構造物の専門家の協力も得て、改善が期待される監督検査手順と活用方法、欲しい機能(設計値と実配筋のズレのヒートマップ化、データの統計処理表示ほか)などを整理した。一方で、追加機能の開発、機器の精度証明は開発者に求め、官は提供されたデータの統計的な裏付けも含め証明手順の妥当性を確認する。適切と判断された技術は個別工事ごとに使用を認めることを目指した。現在、本技術は複数社に対象を拡大し、遠隔確認プロセスの検証に入っている。当初の目論見より遅れた感はあるが、試行といいつつも本格的に現場での実装が進みつつある。
記した2つの例は、対象分野も混乱の内容も異なるが、共通するのは現場実務という視点での対応である。実務では何が課題で、ITやデータをどう活用すれば、どのように改善されるのか、これが一番わかるのは、現場感覚を有する技術者に他ならない。ところが、いざDXというお題を前にすると、その本来の目的とITやDBが道具であることを忘れがちである。実は、維持管理へのセンシング・モニタリングやAIの導入でも初期には似たような混乱があり、様々な現場実務面からの努力によって軌道修正されていく経過を見てきた。
DX推進には、政策・研究開発・制度・基準類・人材育成等、産学官による様々な取り組みが必要で、各方面の努力がなされていることは承知しているが、DXの本質は思考回路の転換にこそあると私は考えている。第一線の土木技術者も、自らの現場経験と知見に誇りを持ち、そこに根差した業務改善の提案や技術開発を心掛けていただければ、意味のあるインフラDXの実装が進むものと期待している。
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土木学会 第174回 論説・オピニオン(2021年11月版)
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