カーボンニュートラルに向けて鉄道の果たす役割と施策
今井 政人
論説委員
北海道旅客鉄道(株)
我が国において2050年カーボンニュートラル宣言(2020年)や地球温暖化対策計画(2021年改定)等を契機に各部門でカーボンニュートラルに向けた取組みが加速しています。同計画では各部門で温室効果ガスの排出削減目標が掲げられ、運輸部門では2030年までに2013年度比35%削減という従来より高い目標が掲げられています。また、運輸部門におけるCO2排出量は、我が国全体の排出量の約2割を占め、その排出削減はカーボンニュートラル達成のために非常に重要な要素となります。
鉄道は、輸送モードの中でもエネルギー効率が良く、さらに、様々な施策によりカーボンニュートラル達成に大きく貢献できる可能性を持ち合わせています。その施策を大別すると①鉄道事業そのものの脱炭素化②鉄道資産を活用した脱炭素化③鉄道の利用促進による脱炭素化の3つに分けられます。①については、燃料電池車両や次世代バイオディーゼル燃料の開発、鉄道建設やメンテナンスにおける脱炭素化等、②については、車両基地や廃線跡地を活用した大規模太陽光発電等が進められています。
ここでは、比較的早期に大きな投資を伴わずに効果が発揮できる③について詳しく述べていきます。
旅客運輸部門は、運輸部門のCO2排出量のうちの約6割を占めますが、我が国の旅客運輸部門におけるCO2年間総排出量約1億2200万トン(2019年度)の中で、自動車、航空機、鉄道、船舶の4つの輸送モード毎の比率は、それぞれ83%、8%、6%、3%となっており、自動車の占める割合が圧倒的に大きくなっています。
また、各輸送モード別のCO2排出係数は、自動車(自家用車)130g・CO2/人キロ、航空機98 g・CO2/人キロ、鉄道17 g・CO2/人キロで、鉄道の排出係数は、自家用車の1/7以下、航空機の1/5以下となり、鉄道の環境優位性が他の輸送モードに対し圧倒的であることがわかります。
この排出係数の差を活用し、他の輸送モードから鉄道へモーダルシフトを促進すれば総輸送量を変えずともCO2排出量を削減できることになります。距離別の各輸送モードの輸送量とシェアを勘案すると、モーダルシフトの効果が最も期待されるのは、短距離(100km未満)都市圏輸送における自動車から鉄道へのモード転換と中距離(100~700km)における航空機から鉄道へのモード転換であります。前者について東京23区と公共交通カバー率の高い政令指定都市15都市の自動車輸送量の10%が鉄道にシフトしたとすると約120万tのCO2削減となり、後者について新幹線等で代替可能な航空路線の輸送量の半分が鉄道にシフトしたとすると約40万tのCO2削減となります。これにより、旅客運輸部門におけるCO2総排出量の1.3%に当たる削減効果を得ることができます。
このようなモーダルシフトを実現するため、欧州では、既に様々な施策が導入されています。例えばオーストリアやドイツでは、自動車から他モードへの転換に向け、都市中心部への自動車乗り入れ制限や自動車中心の炭素税等で自動車からの転換を促す施策が実施されており、さらにフランスでは航空機から鉄道へのモード転換に向け、鉄道で2.5時間圏内の短距離空路の廃止が実施されています。
これら海外で実施済の施策を我が国にそのまま導入するには様々な課題が予想されますが、実施方法の工夫等により十分に導入の余地はあります。
一方、前述した鉄道の環境優位性は大量輸送により達成されている面が大きく、鉄道は自動車の数十倍の重量の車両を動かす特性から乗客が極端に少ない路線では他の輸送モードより環境優位性で劣る場合があります。従って、鉄道事業者の努力として先述の①、鉄道事業そのものの脱炭素化を推進するとともに、先述の③の利用促進等により輸送効率の向上を図ることが必要となります。
我が国全体でのカーボンニュートラル達成のためには、個別の輸送モードや事業者の枠を超えて環境と経済の両面で全体最適となる交通政策を模索することが重要であり、その中で鉄道へのモーダルシフトは有力な施策となります。また、鉄道へのモーダルシフトがカーボンニュートラルに向けた近道であるという理解を広め、鉄道利用の機運を醸成していくことも重要であります。
第197回論説・オピニオン(2023年10月)