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名古屋大学の国際環境人材育成プログラム

永石 雅史
論説委員
名古屋大学 工学研究科 環境土木国際室 教授

名古屋大学工学研究科の土木工学専攻と環境学研究科の都市環境学専攻に横断的に設置されている「国際環境人材育成プログラム(Nagoya University Global Environmental Leaders Program: NUGELP) は修士課程のプログラムで、2009年から学生を受け入れ、2021年度で13年目を迎えた。すでに多くの修了生を輩出し、2021年10月入学までの実績では、33ヵ国283名に達している。このうち日本人学生は98名にのぼる。

NUGELPは地球規模の顕在化した課題に対応するだけでなく、新たに生じる課題への潜在的な対応能力の涵養をはかるため、目指すべき人材像として「T型人材」を掲げている。Tの縦軸は一つの学問分野に関する深い知識とスキル、横軸は全体的、俯瞰的な視点から問題を理解し、その問題のマクロ構造と詳細を把握し、複雑な問題の解決策を提案する能力を表している(以下の概念図を参照)。縦軸も横軸もバランスよくその軸を太くしたり長くしたり、もう一つの専門性(縦軸)を伸ばしてπ型人材へと発展する可能性もある。

「T型人材」の概念図

本学の環境学研究科でも「専門をもったジェネラリスト」、「異分野がわかるスペシャリスト」という異なるタイプの人材を輩出する教育を展開しているが、NUGELPの目指すべき人材像の「T型人材」はまさにそれを具現化したものであると言えよう。

NUGELPを履修する学生は土木工学、環境学を中心とする各分野の研究室に所属して深い専門研究を行いながら(Tの縦棒)、気候変動や水・廃棄物対策などの幅広い視点に立って(Tの横棒)、インフラ整備・環境問題に対して、具体的な解決策を立案し、実現可能性を探ることができる。例えば「持続可能性と環境学」、「低炭素都市学」、「気候変動と社会基盤」のようにインフラ整備・環境問題に関する基本的な概念の理解や教養そして幅広い政策的視野を獲得する講義や、環境問題にグローバルに取り組む企業の活動について企業の担当者から直接講義をしてもらう「環境産業システム論」というカリキュラムを提供している。

加えて,中部地域における企業、国際機関等あるいは海外フィールドにてインターンシップ(「グローバル研究インターンシップ(Global Research Internship: GRI)」を必須科目として設定している。

こういった科目に加えて、社会基盤の計画・設計・維持管理の実情や、環境問題とその対応や災害対応策を学ぶことを目的とした海外のスタディツアーも用意している。2010年度のケニアを皮切りに、ベトナム、バングラデシュ、インドネシア、ミャンマー、モンゴル他途上国やオーストラリア、シンガポールのような先進国の取り組みを視察することで学生の現場感覚を醸成している。

2021年度は新型コロナウィルス対策として、海外在住の専門家によるオンライン見学・講演会を3日間にわたり実施しており、渡航の実施困難な局面にあっても付加的なプログラムを実現した。

近年、大学の国際化を掲げる大学では「共修」がキーワードの一つとなっているが、NUGELPは様々な国籍の留学生と日本人学生が共に学ぶ“Mixed Community”で教育を実施し、全ての科目は英語で提供されており、修士論文も英語で作成することになっており、英語のみで学位が取得できる。学生間の異文化交流を通じて、国際的な感覚を養うことができ,まさにこの「共修」を先取りしたプログラムである。

このNUGELPを修了した日本人学生は,官公庁や地方自治体をはじめとして、その多くが大手ゼネコン、建設コンサルタント、高速道路、鉄道、電力・ガス関連会社に就職している。

私自身はこれからの若い世代にとって、国内外問わず現場で活躍するためには、現場で変化を見つける「発見力」、現場の多様なニーズに柔軟に対応し、前例にとらわれず革新的かつ実効性のある解決策を提示する「構想力」、そして現場で実際に事業化する「実行力」が必要と思っているが、このNUGELPの目指すべき人材像であるT型人材はこれらの3つの力を醸成することができるものと考えている。

NUGELPを修了した若手技術者が活躍する時代が近い将来やってくることを望んでやまない。

土木学会 第178回 論説・オピニオン(2022年3月版)



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/