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ポルトランドセメントの200年とこれから

小林孝一
論説委員会幹事長
岐阜大学・教授

何の断りもなく「セメント」と言う場合には、ポルトランドセメント(Portland cement)のことを指すことも多いが、2024年はイングランドのLeedsのJoseph Aspdin(ジョセフ・アスプディン)によって出願されたポルトランドセメントの特許が成立して200周年の節目に当たる。彼のセメントは現在のポルトランドセメントとは大幅に異なるものではあるが、その原型と製法を開発したことは賞賛されて然るべきであろう。我々の快適で安全な暮らしを支える社会基盤の多くがコンクリートからなり、したがって、その重要な構成材料であるセメントは我々の社会に欠くことのできない重要な工業製品である。  

画像出典:わたしたちの暮らしのサポーター セメント一般社団法人セメント協会

セメントやコンクリートの最大の特徴は、その強度や耐久性が優れることもさることながら、圧倒的に安いことであろう。ポルトランドセメントは主成分を炭酸カルシウムとする石灰石が主原料であるが、これを二酸化ケイ素を含むケイ石、酸化アルミニウムを含む粘土や鉄鉱スラグなどとともに1450℃で焼成することにより得られるクリンカーを粉砕して製造される。わが国でのセメントの小売価格はおよそ10数円/kg、レディーミクストコンクリート(いわゆる"生コン")の小売価格は地域差が大きく20円弱〜30数円/リットルである。数年前よりかなり値上がりしているが、それでも十分に安い。現在はあまり用いられなくなったが、クラーク数というものがある。地球上の地表付近(深さ10マイル=16kmまで)に存在する元素の質量割合で、ベスト5の例は、1)酸素:49.5%、2)ケイ素:25.8%、3)アルミニウム:7.56%、4)鉄:4.70%、5)カルシウム:3.39%、であり、上記のセメントの原料と見事に一致している。特にわが国は石灰石資源に恵まれていることもあり、非常にありふれた元素で構成されていることがセメントの安さにつながっている。

ここで、わが国におけるストックとしてのコンクリートの量を試算してみる。1950年以降に国内で販売されたセメント(すべての種類のセメント)の総量は、おおよそ39億トン程度になりそうである(データ出典:セメントハンドブック2023年度版一般社団法人セメント協会 ほか)。これが全て単位セメント量300kg/m3のコンクリートになるとすると、国民一人当たり100m3強のコンクリートをストックとして有している計算となる。実際には解体済みのものや地盤改良材として使われたものもあるため、この量はこれより少なくなりそうだ。しかし、我々の生活はこれだけの大量のセメント、コンクリートのストックに支えられているのである。

一方、ポルトランドセメントの製造時に大量のCO2が排出されることが、近年、問題視されるようになってきている。焼成用燃料の燃焼に由来するCO2の発生に加え、セメントの製造時には加熱された炭酸カルシウム(CaCO3)からCO2が遊離するため、製造プロセス由来のCO2の発生を避けることができない。フライアッシュや高炉スラグを混和した混合セメントとすることによりクリンカー使用量を減少させることも短期的には有効であろうが、前者が石炭火力発電所で産出される石炭灰であること、後者を産出する高炉もカーボンニュートラルの達成を迫られていることから、長期的観点ではセメント製造も他力本願ではないカーボンニュートラルへの道を模索する必要がある。現在ではCCUS(二酸化炭素回収・有効利用・貯留)への取り組みを各社が行なっており、CO2を回収する技術を構築すること、さらに原材料に吸着させたりメタンを製造するなど、CO2の有効利用を実現することを目指している。

おそらく、これらにともなうセメントの大幅な価格上昇は避けられないであろうが、セメントやコンクリートに代わる別の優れた工業材料を見つけることも不可能であろう。世界中のコンクリートの25%を木材に置き換えるだけで、インドの国土の1.5倍の広さの森林が必要になるとの試算もある。原油価格の過去の推移を見れば明らかなように、必要とされ、代替が難しいものは、価格が上昇しようとも使われ続ける。むしろシェールオイルの採掘のように、低価格時にはペイできなかった技術が新たに採用される。登場して200年が経ったポルトランドセメントもそのような存在であると信じるし、この次の100年にも期待するところである。

第202回 論説・オピニオン(2024年3月)



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