稼げる仕事に難しい学問は必要ない
今回のテーマは、稼げる仕事ではどのような知識やスキルが必要なのかという点を扱いたい。
筆者は関西の進学校に通っていたのだが、関西進学校あるあるでやたらと数学に重きが置かれていた。頭がいいと定義される人物は、英語や国語が出来る人物でも、総合的にバランスよく全科目で点数が取れるタイプでもなく、とにかく数学の点数が高い人物であった。他にも物理で高い点数が取れる学生なんかも頭がいい学生だと言われていた。
筆者もこの風潮に漏れず、学生の頃は将来稼げる仕事というのは、難しい数学の式をこねくりまわしたり、物理の高度な知識を応用して新しい何かを開発出来るような職業だと考えていた。正直、全くもって仕事に対する解像度が高くなかった。
また他にも勉強が出来る人が稼げるとも考えていた。
しかし、実際に蓋を開いてみると世の中は全くもってそのような構造にはなっていなかった。
何が言いたいかというと、実はシンプルな学問の組み合わせの上に成り立つ職業の方がそうでないものよりも稼げる上に潰しが効くということだ。
その例を数点挙げてみたい。
①医者
医者の仕事は、医学部時代に学んだ医学をベースとしている。筆者は直接医学を学んだわけではないが、よく聞く話としてはひたすら暗記要素が強く、数学や物理の難しい論点は出てこなさそうだ。学問としての難易度はそこまで高くないだろう。では数学や物理を極めた人間と医学を学んだ人間で将来の年収の期待値はどちらが高いかというと、わざわざ言及するまでもないがこれは後者であろう。
例えば東大の理科一類の中で最優秀層は、現在では稼げる職業に直結しやすい工学部の計数工学科や理学部情報学科に進学しているかもしれないが、ほんの数年前までは理学部の物理学科や工学部の航空宇宙工学科に進学していた。筆者の時代であれば、理系の天才はこの辺りに集合すると言われていた。また理学部の数学科で扱う学問も難易度は非常に高いだろう。
しかしいざ稼げるか否かという観点で考えるとこれは医学の方に軍配が上がるだろう。理学部物理学科や数学科を出ても研究の道に走ったり、メーカーの研究職になれば稼げる期待値は医者の半分以下であろう。
またこれは医学の内部でも同様の話が当てはまる。例えば、いかにも難しそうなガンの研究や脳科学には研究者的な要素があるだろうが、正直このような研究をしていたとしても稼げるかと言われると医者の中ではそうでもないだろう。
一番稼げるのは、美容などの自由診療の道であろうが、これらの世界に高度な数学や物理の知識は必要であろうか?答えは恐らくNoで、必要なのは手先の器用さであったり、美容外科であればSNS上で自分を売り込む力である。そのため、実際に美容外科のHPを見ていると私立大学の医学科卒ばかりである。多分彼らの殆どは理科一類には受からないだろうが、期待年収は理科一類卒業生の●倍であろう。
医者vs他の理系学科、更には医者の内部でも、シンプルな学問の上に成り立つ職業の方が高い年収を期待できる。
②工学部vs理学部
工学部は応用、理学部は研究のイメージで、学問的な難しさという観点では、理学部の方が難しいだろう。理学部の方がより抽象的な概念を扱う必要があるイメージである。
では、将来的にどちらの学部を卒業した方が高い年収・待遇が期待できるかという観点では、これは工学部の方が上であろう。
例えば、同じ数学を扱うにしても応用数学を扱う計数工学科と純粋数学を扱う数学科では就職時点の間口は前者の方が圧倒的に広いだろうし、高い年収が期待できるだろう。
どちらも内容的には難しいことには変わりないが、理学部数学科で扱う数学はあまりにも抽象的過ぎて学問としての難易度は全学問の中でもトップクラスのはずだ。
ただ実際のビジネスの中でこのような抽象的な数学を活かせる場面があるかと言われるとそのような局面は殆ど0に近いはずで、職業に結び付かないことが残念な点だ。数学科を出て、高い年収が期待できるのは、このような研究の道を捨てて、金融機関のアクチュアリーやクオンツになったケースであろう。この場合も難しい抽象的な議論は殆ど扱わない。クオンツの場合は、数学的には難しいが、それでも学生時代に学んだ、例えば無限の概念とかトポロジーみたいな抽象的な領域の知識は必要ない。
③金融業界における投資銀行業務と市場業務
金融業界のフロント業務として代表的なものとしては、投資銀行業務とマーケット業務に大別することが出来る。
投資銀行業務は、企業のM&Aや資金調達ニーズに際して金融の枠組みの中からソリューションを提供するビジネスである。
マーケットビジネスは、めちゃくちゃ単純化すると金融商品を売ったり買ったり、新しい商品を開発したりするビジネスである。
どちらの方が学問として難しいかという点で考えてみよう。
これは賛否両論があると思うが、理系的な素養が要求されるのは間違いなく後者である。マーケットビジネスの中でも株式(エクイティ)を扱う領域はそこまで学問的に難しくないが、いわゆるFICC(Fixed Income, Currencies and Commoditiesの略。金利、クレジット、為替、コモディティの現物とそこから派生するデリバティブ)の領域は本当に難しい。まず金利やクレジットが難しいし、デリバティブにおいては難度が高い数式がいくつも登場する。
その一方で、投資銀行業務はどうかという話だが、これはぶっちゃけ全部四則演算で行ける。難しいのはそれよりも会計的な処理の話であったり契約面等の側面だ。更に交渉やプレゼン等のいわゆるビジネスマン的なスキルの方が重要だ。
これは採用される学生の学歴にも現れている。前者は東大理系(∔一部経済学部)、京大理系、東工大辺りの理系院卒がメインターゲットになってくる一方で、後者は東大法学部、東大経済、慶応経済、早稲田政経、一橋等が多い。勿論理系もいるが、工学部や理学部は数としては多くなく、農学部等が多い印象だ。
では、どちらが安定的に稼げるか、どちらの方が潰しが効くかという話に移るが、ここでは投資銀行業務に軍配が上がる。マーケットビジネスはリーマンショック前は、デリバティブが猛威を振るっていたこともありかなり稼げる業務であったが、リーマンショックを機に金融機関に厳格な規制が適用されるようになってからは、爆発的な収益性は生まなくなってしまった。
更にマーケット業務の厄介な点は、セカンドキャリアで更にステップアップすることは難しく、進路としては金融機関のリスク管理や市場関連のコンプライアンス領域が多い。
またマーケット業務はAIに代替される可能性も幾分かは存在すると思う。
その点、投資銀行業務はどうかと言うとこれはかなり潰しが効く。
事業会社の財務や経営企画は勿論、コンサルやファンドに行くことも可能であるし、CxOのポジションも狙える。
確り投資銀行業務に従事してきたものであれば、どちらかというと年齢が上がった方が市場価値が高い印象さえある。
勿論マーケット業務も高い待遇は期待できるが、生涯賃金の観点では、投資銀行業務の方が上であろう。
また人間同士の交渉やプレゼン、更にはきれいなパワポ作成等の労働集約的な側面がものをいう業務なのでAIに代替されにくいだろう。
以上、3例を挙げたが、他にも総合商社vsメーカーでも同じことがいえるかもしれない。メーカーの方が難しいプロダクトの知識が必要で、当然理系の比率も総合商社よりは高いが、稼げるのは圧倒的に前者である。
結局難しい学問は高い収入や待遇には結びつかない。
背景には、難しい学問はニッチになりやすく潰しが効かない点であったり、そもそも大衆には難しい話は通じず、それらの学問を実適用するのが難しいという点があると思う。
筆者が高校時代に感じていた数学至上主義は間違いだった可能性が高い。
関西の進学校出身者は関東の学生と比べてビジネスの世界が分かっていないので、社会人になってからゲームチェンジが起きた際にうまく適用できないものが多い印象だ。
世の中は結局、シンプル is ベストなのかもしれない。