全身麻酔覚醒・抜管のルーティン
今回は全身麻酔における覚醒・抜管時のやるべきことのルーティン表です。
例によって初期研修医、医学生向けの内容です。是非エア麻酔をして体に流れを染み込ませてください。
覚醒・抜管するときには、鎮静・鎮痛・不動(筋弛緩)のうち鎮痛のみ残します。
鎮痛もたいがい麻薬(オピオイド)で行うため、効きすぎると呼吸抑制の副作用が出てしまい自発呼吸がなかなか得られなくなってしまいます。一方で鎮痛が弱すぎると痛くてたまらない、とそれもまた問題になります。
今回の流れは自発呼吸が無い状態からの覚醒です。
1 手術終了前に可能な限り片付けと準備
1.1 筋弛緩薬・麻薬の量と記録確認
1.2 (あれば)筋弛緩モニタで筋弛緩の程度を調べる
1.3 筋弛緩薬を用意する
スガマデクス(ブリディオン®)なら TOF 2-4発で2 mg/kg、TOF 0-1発で4 mg/kg投与する。*1 投与はいざ覚醒させる直前でも構いません。
ネオスチグミン+アトロピン(アトワゴリバース®)でリバースしたい場合は、TOF 4発確認したいところ。そして投与は理想的には抜管15分前にしておきたいです。*2 これを使用したい場合は外回りの先生に使い方を確認しましょう。
1. 3. 1 筋弛緩モニタが無い場合
基本スガマデクス推奨です。本来は筋弛緩モニタ使用が望ましいですが、ない場合は4 mg/kgないし200 mgを投与するケースが多いです。
1.4 PONV (postoperative nausea & vomiting、術後嘔気嘔吐)の対策
選択肢としては、ドロペリドールかオンダンセトロンがあります。*3
ドロペリドール:成人では0.625 – 1.25 mg (0.25 – 0.5 ml)投与
オンダンセトロン:成人で4 mg (2 ml)投与
QTc延長に不安がある場合はドロペリドール投与はやめておきましょう。オンダンセトロンはQTcを50 msecも延長していないので軽度延長程度では不安なく使用できます。
1.5 レミフェンタニル(アルチバ®)を漸減
レミは手術終了に向かってtaperingしておく。手術侵襲にもよるがフェンタニルへの移行や、他の鎮痛薬投与(アセトアミノフェン(アセリオ®)やフルルビプロフェン(ロピオン®))も済ませる。フェンタニルの投与量と間隔は術前から外回りの先生と計画しておくといいと思います。
1.6 温度計センサーは不要なら外す
1.7 トランスデューサーホルダーはL字・離被架から離しておく
1.8 歯のぐらつきなど問題なければバイトブロック挿入
患者が気管チューブを噛んで換気ができなくならないように、また陰圧性肺水腫の予防です。
1.9 マスク、カフシリンジ、吸引カテーテル準備
口腔内吸引しておきましょう。不完全な覚醒時に口腔内の唾液・体液が少量誤嚥で喉頭痙攣(laryngospasm)ということもあります。
1.10 V-line、A-line、測定機器のコードを整理しておく
不要なV-lineはロックし、ホットラインなどはあらかじめ外しておきましょう。
1.11 麻酔記録は可能な限り仕上げておく(手書きでも電子でも)
2 手術終了
2.1 手術終了、時間記録と同時にFIO2 1.0(100%)
2.2 Bair huggerなどの加温器をオフにします。
2.3 レミフェンタニル(アルチバ®)は投与終了後も10-15分程度残るものと考えて、早めにoff
ちなみにレミの半減期(context-sensitive half life)は3分、つまり3分で血中濃度50%残存、6分で25%、9分で12.5%、12分で6.75%、15分で3.375%残存します。
主科から術後レントゲンOKが出たら、すぐ患者を醒ましたいので麻酔薬は低い濃度としておきたいところです。しかし体位変換やレントゲンを撮る際の体を持ち上げる行為は患者への刺激が強く、それで起きてしまうのも問題で、ある程度の麻酔深度も維持しなければいけません。以上の矛盾する問題を麻酔科はかかえることになります。
解決策として、低濃度のレミをレントゲン撮影直前まで投与継続したり、笑気を混ぜたりすることもしばしばあります。これも外回りの先生でやり方が違い、最初はやり方を伺うのがベターです。
そしてレミ高濃度のままであると呼吸抑制がかかります。また喉頭付近の筋肉が硬直してマスク換気が難しくなることがあります。
レミ 0.1 mcg/kg/min未満の低濃度なら「大概の」患者は自発呼吸し始めます。若いほど、また他の鎮静・鎮痛の要素が少ないほど自発呼吸再開しやすいです。
2.4 L字・離被架を片付け、仰臥位でなければ気管チューブから回路を外し体位変換
体位変換の際に気管チューブ・ライン・ドレーン・Foley事故抜去に注意しましょう。
2.5 レントゲン撮影、麻酔深度浅すぎやライン類に注意
みんなが体をあげる準備ができたのを見計らってタイミングよく声かけします。「1、2、3。」このあたりから徐々に鎮静(吸入麻酔薬)を切り始める人も多いです。
2.6 術後レントゲン確認のOK出たら、吸入麻酔薬を切り、酸素流量を上げる
酸素流量は分時換気量を超える量にして、吸入麻酔薬の再呼吸を避けましょう。6 L/min以上になると思います。
2.7 スガマデクスを使うならこの辺りで投与
2.8 眼保護のテープを剥がし、あらかじめ気管チューブ周りのテープの淵を剥がす
気管チューブを固定しているテープは剥がしやすい状況にしておきましょう。
2.9 あとは出来るだけ刺激を与えずに待つ
中途半端な濃度で起こしてしまうと興奮期になり、暴れて大変です。そして中途半端な濃度で抜管してしまうと喉頭痙攣(laryngospasm)のリスクが高くなります。喉頭付近の随意筋が収縮、声門が閉じて換気できなくなります。これは溺れた時に肺に水が入らないようにする原始的な反応の様です。
① EtSEVが0.2%以下になったらもう起きる目前
② EtDESはEtSEVの3倍程度(0.6%以下)と考えるといいと思います。しかしセボフルランに比べてデスフルランは突然起きてしまったりいて、やや予想しづらいです。
2.10 起きたら/咳込み始めたらまず呼吸器を下ろす
呼吸器を下さないと機械換気とファイティングしてしまいます。手術台から患者が転落しないか注意しましょう。
2.11 口腔内を吸引する
必要ならば気管内吸引もしましょう。
2.12 指示が入ることと、呼吸を確認
手術室における短時間での抜管が出来るかの絶対的な基準はありません。(短時間というのはICUなのでの抜管と異なるという意味合いです)気管チューブが挿入されていることで苦しくて逆に呼吸が上手く出来ないケースもあります。小児の場合は指示にそもそも従ってもらえないことを前提としてます。
指示は舌を前に突き出したり、手を握って離してもらいます。
一回換気量6 ml/kg以上あり、呼吸数が一定に8回/分以上出ていると少し安心です。(あくまで安心というだけで、やはり基準はありません。施設や外回りの先生によって考え方は異なります)
ジレンマとして、こういった抜管前の確認を増やせば増やすほど患者の気管チューブの入ったままの辛い状態が長引くことになります。安全を確保したい…でも患者は辛い、といった具合です。
2.13.1 加圧抜管
APLバルブを20 cmH2O程度まで上げて、バッグを加圧維持しながらカフの空気を抜いてもらったのを確認して気管チューブを抜きます。この作業は2-3秒で行います。加圧前にカフの空気を抜いてはいけません。バッグ加圧を吸気に合わせたいところです。
2.13.2 吸引抜管
気管チューブから麻酔回路を外し、吸引カテーテルをいれます。吸引をしつつカフの空気を抜いてもらい、気管チューブとカテーテルを同時に抜きます。吸引は一連の流れでし続けたままです。これも2-3秒くらいで行う作業です。
2.14 抜管後、口腔内を吸引して、APLバルブをoffとし、酸素マスクを当てる
2.15 呼吸状態を再確認
なにより理学所見が重要で、一番早く得られる情報です。マスクが白く曇ることや実際に耳で呼吸音を聞くことで上気道開通と呼吸数の確認ができます。気管から胸郭、横隔膜のあたりを観察することで奇異性呼吸(陥没呼吸とか)があるかも確認できます。マスクできちんとシールできていたら換気量も確認してみましょう。
上気道狭窄が疑われたら、念のため上気道聴診。特にstridorに注意します。
長く低酸素状態が続くことが予想されたら再挿管を考慮します。
麻酔科以外の専門の医師や手術室の看護師さんなどでもしばしば、患者の呼吸状態がどうなっているかわかっていないことがあるので、きちんとコミュニケーションをとって、観察の時間をしっかり確保、移動用ベッドを早く入れすぎないなどの行動をとりましょう。
2.16 バイタルサインの安定、鎮痛レベルの確認
必要なら鎮痛薬を加えましょう。移動用のモニタに切り替えます。
2.17 退室
移動用ベッドへの移動はライン類、ドレーンに細心の注意を払いましょう。慣れれば慣れるほど忘れがちです。尿道カテーテル、各種ドレーン、動静脈ラインの確認。フットポンプが外れていないことも稀にあります。
注
*1 スガマデクス 4 mg/kg投与には、PTC (post tetanic count) 1-2発あることが必要で深すぎる場合はさらに用量を増やすか、効果が弱くなるまで待機します。
*2 ネオスチグミン 70 mcg/kgは超えないようにしたいです。筋弛緩からのフルリカバリーの際にネオスチグミンは「逆に」軽い筋弛緩作用を起こしてしまうからです。
*3 他にPONV予防で頻用されるデキサメサゾン(デカドロン®)は手術開始あたりの始めの方に投与です。