「なぜキム・ギドク特集上映が中止になったのか」を考えるために
1)上映中止の経緯と論点
2021年12月に都内劇場で予定されていた特集上映「キム・ギドクとは何者だったのか」が多くの反対の声により、中止となりました。
特集上映を企画した配給会社クレストインターナショナルは、下記のコメントを残しています。
上記の出来事を受け、映画界の内外問わず、「なぜ特集上映を中止するのか」「やりすぎではないか」「キャンセルカルチャーだ」というような言説が、多く見受けられました。
しかし、そもそも日本の映画人や観客は、「キム・ギドクが何をしたか」を知っているでしょうか?前提条件が共有されなければ、議論をすること自体が難しいのではないでしょうか。
そんな折、韓国映画界に詳しい方から、「韓国ではPD手帳というTV番組がキム・ギドク問題を取り上げた。その番組が韓国で広く視聴されたことで、『キム・ギドクが何をしたのか』が社会に共有された」と伺いました。
2)キム・ギドク問題に迫ったTV番組「PD手帳」
JFPでは、テレビ番組PD手帳を製作した放送局MBCと連絡をとり、番組に日本語字幕を挿入しました。
動画の字幕選択で、日本語を選択すると、日本語字幕付きで動画が視聴できます。
3)キム・ギドクに対し、韓国社会が示した態度
【1】暴行行為で罰金刑
2017年にキム・ギドクは女優A(番組内のAさんとは別人)により暴行等の疑いで告訴され、略式起訴により罰金刑が課されています。
【2】映画監督キム・ギドク事件共同対策委員会が訴える
時を同じくして、映画監督キム・ギドク事件共同対策委員会が立ち上がり、記者会見を開いてキム・ギドクの加害行為を強く糾弾。検察への徹底捜査や、映画界内の人権侵害の実態調査、二次加害の防止等を訴えました。
【3】PD手帳放送、キム・ギドクが名誉毀損で告訴するも棄却
翌年、2018年に「PD手帳」により、キム・ギドクが地位を利用し性加害等を行っていたことがさらに広く報道され、韓国における#MeToo運動の加害者として強く非難されることになります。
キム・ギドクは「PD手帳」を制作したMBCなどに対し名誉毀損等で告訴。放送禁止措置を訴えましたが、検察は「嫌疑なし」とします。続いて翌2019年にも10億ウォンの民事訴訟を起こしますが、裁判所はその後原告(キム・ギドク)の請求をすべて棄却。訴訟費用も原告が負担するようにとの判決を下しました。共同対策委員会はこれらの訴訟そのものも二次加害行為であるとして継続して糾弾を続けました。
こうして、2016年から続く韓国社会#MeTooの流れと、キム・ギドクだけではない様々な告発を受けて、韓国映画界は性加害撲滅に向けて大きく舵を切っていきます。
【4】DGK性暴力防止委員会と、韓国映画・ジェンダー平等センターの設立
韓国映画監督組合(DGK)は自主的に組合内に「性暴力防止委員会」を設置。自浄努力を始めます。KOFICと女性映画人の会は「韓国映画・ジェンダー平等センタードゥンドゥン」を設立し、被害者支援に力を入れるなど、業界内で様々な取り組みが生まれました。2021年には、国会にて映画制作時の性暴力予防教育の義務化が制定されるまでになっています。
2022年3月以降、日本でも映画界での性加害の問題が次々と明るみに出ました。日本の現状を改善していくための参考になれば幸いです。
一般社団法人Japanese Film Project
韓国語翻訳:ファン・ギュンミン(映画研究者・明治学院大学言語文化研究所 研究員) / 日本語字幕制作:歌川達人 / 協力:清水裕・近藤香南子
協力:MBC(韓国文化放送・Munhwa Broadcasting Corporation)