論文紹介〜患者教育で上部消化管内視鏡検査を減らせるか?〜
論文紹介コーナーも第5段になりました!今回は、JAMA Internal MedicineのRCTを取り上げます。
Web-Based Educational Intervention for Patients With Uninvestigated Dyspepsia Referred for Upper Gastrointestinal Tract Endoscopy
A Randomized Clinical Trial
Judith J. de Jong, MD; Marten A. Lantinga, MD, PhD; Adriaan C. I. T. L. Tan, MD, PhD; et al doi:10.1001/jamainternmed.2021.1408
要約
重要性
未調査のディスペプシアに対する上部消化管内視鏡検査の診断率は低く、その臨床的意義は限られていると考えられる。そのため、ディスペプシアに対する上部消化管内視鏡検査の件数を減らすための戦略が必要とされている。
目的
未調査のディスペプシアに対する上部消化管内視鏡検査を減らすためのツールとして、ウェブベースの教育的介入の有効性を検討すること。
デザイン,設定,参加者
この非盲検多施設共同無作為化臨床試験では,2017年11月1日から2019年3月31日の間に,オランダの4つの教育病院で,無作為化後52週間の追跡調査を行い,参加者を登録した。参加者は、調査されていないディスペプシアを有する患者で、消化器専門医への事前相談なしに一般医療機関の臨床医から上部消化管内視鏡検査を紹介された患者を対象とした。対象となったのは、18歳から69歳までの119名の患者。以下のレッドフラッグサインのいずれかが認められた場合、患者は除外された。上部消化管出血を疑う徴候(吐血、下血、血便、貧血)、6~12カ月間の意図しない体重減少(通常体重の5%以上)、持続的な嘔吐、嚥下困難、黄疸。
介入
患者は、教育(介入群)または上部消化管内視鏡検査(対照群)に1対1で無作為に割り付けられた。教育は、胃の機能、消化不良、上部消化管内視鏡検査に関する情報を含む、ウェブベースの自己管理型教育介入であった。
主なアウトカムと評価
無作為化後12週目および52週目に、ウェブベースの教育的介入を受けた人と受けなかった人との間の上部消化管内視鏡検査の割合の差をintention-to-treat集団で分析した。副次評価項目は、ベースラインおよび12週間後に測定したQOL(Nepean Dyspepsia Index)および症状の重症度(Patient Assessment of Gastrointestinal Disorders Symptom Severity Index)であった。
結果
対象となった119名の患者(年齢中央値48歳[四分位範囲37~56歳]、男性48名[40%])のうち、62名がウェブベースの教育(介入群)に、57名が上部消化管内視鏡検査(対照)に無作為に割り付けられた。介入後に上部消化管内視鏡検査を受けた患者は、対照群と比較して、24人(39%)対47人(82%)と有意に少なかった(相対リスク、0.46;95%CI、0.33-0.64;P < 0.001)。症状の重症度とQOLは,両群とも同等に改善した.介入群では、フォローアップ期間中に上部胃腸管内視鏡検査が必要となった患者が1名追加された。
結論と関連性
本研究の結果から、ウェブベースの患者教育は、未調査のディスペプシアにおける上部消化管内視鏡検査の必要性を減少させる効果的なツールであることが示された。
Less Is More
心窩部痛や胸焼け、食思不振などの主訴で来院されたら、“とりあえず内視鏡”やっていませんか?
この論文では、そういったディスペプシア症状に対して上部消化管内視鏡検査を行うことで診断に至る確率は1%未満であり、ACG(American College of Gastoenterology)のクリニカルガイドラインでも、まず保守的なアプローチを行うよう推奨されている、と述べています。
ACG and CAG Clinical Guideline: Management of dyspepsia. Paul Moayyedi, et al. Am J Gastroenterol. 2017;112:988-1013. の表1を引用
今回のRCTでも、上部消化管内視鏡の結果、臨床的に意義のある内視鏡所見が得られたのは1割に満たず、逆流性食道炎やピロリ菌感染に関連する胃炎がほとんどのようでした。実際に参加した患者はみな60歳未満で、レッドフラッグサインのあるものは除外されており、結果的に胃癌が見つかった者はいませんでした。
日本ではピロリ菌感染や胃癌の有病率は異なります。ピロリ菌の除菌治療も、基本的には上部消化管内視鏡検査などを行った上でピロリ菌感染が原因となる疾患の確定診断がついていないと、保険適応となりません。本邦でこの推奨を同じように当てはめられないとは思いますが、このRCTから学びとれることがいくつかあります。
▶︎ やはり事前確率をちゃんと見積もる努力が必要
今回のRCTの組入・除外基準を参考に、胃癌の事前確率が高い集団をちゃんと見落とさず、内視鏡を勧められるようにせねばなりません。しかし、日本は上部消化管内視鏡検査へのアクセスが良いこともあってか、患者さんからの希望に応じて、事前確率の見積もりなしに、あるいは、低いと見積もっていても、検査をやってしまうことが往々にしてあるのではないかと思います。少なくとも自分はそうかも...。
ディスペプシアの重症度とQOLは、ウェブベースの教育(介入群)でも上部消化管内視鏡検査(対照群)でも同等に改善している、という結果からは、「(身体的あるいは金銭的な)負担を伴う内視鏡じゃなくても、症状の改善につなげられる」と言えるかもしれません。
わたし自身も、研修医時代に上部消化管内視鏡検査を受けたことがありますが、まぁ...しなくていいならしたくないと思いますね。
▶︎ 健康不安の改善には、内視鏡ではなく患者教育
このRCTのSecondary outcomeには、12週間後の健康不安のレベルも含まれていましたが、ウェブベースの教育(介入群)では改善が見られたものの(平均 0.18;95%CI、0.05~0.31;P=0.008)、上部消化管内視鏡検査(対照群)では改善が見られなかった(平均 0.08;95%CI、-0.00~0.16;P=0.05)のです。
以前、学術大会の企画紹介記事でご紹介した、Disease Illness modelを思い出してください。
内視鏡検査でDiseaseは見つけられても、患者の困っているIllnessを治療するには不十分かもしれませんね。
このRCTで使用された“ウェブベースの教育”とはどんな内容なのか、気になりますよね。
こちらの論文で教育内容や実際のビデオが見られるようです(フリーアクセスではありません)。わかりやすい3Dアニメーションを用いながら、5つのChapterで構成されていました。
Chapter1: 有病率と上部消化管内視鏡検査の有用性(ほとんどは良性疾患ですよ)
Chapter2: 正常な胃の機能と、症状の潜在的な原因(香辛料などの食物でもそういう症状出ますよ)
Chapter3: 胃の炎症による症状(アルコール, 薬, 喫煙, ピロリ菌がどんなふうに胃に悪影響か)
Chapter4: 症状への対応方法(栄養士による食事指導とセラピストによるストレスへの対処)
Chapter5: プロトンポンプ阻害薬や抗ヒスタミン2受容体拮抗薬などの作用機序の説明
明日からの診療でも、こういった内容をディスペプシアの患者さんに説明していく努力をしたいと思いました。ウェブベースでなくても、あるいは3Dアニメーションまでいかずとも、視覚的にわかりやすい患者教育用の資料が手元にあったらいいなぁ。
まとめ
まさに、Less Is More!と感じさせてくれるRCTの紹介でしたが、このRCTの結果だけをみて「いや、あなたは内視鏡しても意味ないから」と切り捨てないようにしましょうね。
患者さんがなぜ内視鏡を希望しているのか、その背景にある不安や懸念、検査への期待をちゃんと聴取したうえで、「(若年でレッドフラッグサインがなくても)内視鏡検査をする」という選択もあると思いますから。
(文責:平松 由布季 東京ベイ・浦安市川医療センター 総合内科)
※当記事の内容は、所属する学会や組織としての意見ではなく投稿者個人の意見です。
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