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【ルヴァンカップ決勝】赤と黒の歌声が埼玉の空を割った日

うずくまったイ・ホスン選手の周りを、コンサドーレのメディカルスタッフが慌ただしく取り囲んでいました。

試合終了の笛と同時に倒れ込んだ彼の姿を見て、「ただ事ではないぞ」というざわめきが、静まり返った大宮サポーターの中を小さな波となって駆け抜けます。

試合は既に終わっている為、時間稼ぎをする意味がないのです。にも関わらず、選手は倒れ込んでいて起き上がれもしない、担架ですぐに運ぶこともできない。

消去法で、彼が大怪我を負ったのだと分かりました。

散発的な空気の読めないヤジは殆ど無視され、多くのサポーターが彼の苦悶の表情を注視していました。

シンと静まり返った埼玉の夜に響いたのは、札幌ゴール裏からの「ホスン!!」コールです。

試合終了後にも拘わらず、その声はまるで、「今から試合が始まるのではないか?」と思うような力強さで、会場の誰よりも何よりも存在感がありました。

今にして思えば、偶然見に出かけたこの試合が、私の中で札幌サポーターを意識する様になったきっかけでした。

これは札幌サポーターではない私から見た、札幌サポーターのお話です。

① 刻み込まれた札幌サポーターの存在感(2012年 ナビスコカップ 札幌対大宮@ナック5スタジアム)

2012年のナビスコカップ第4節、NACK5スタジアム大宮で行われていた大宮アルディージャ対コンサドーレ札幌の一戦は、非常に後味の悪い結末を迎えてしまいました。

私はその年に開催されるロンドン五輪に出る予定だった東慶悟選手とキム・ヨングォン選手、あと個人的に好きだったラファエル選手を観に行っただけでした。

平日のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)、チケットは好きな席を簡単に入手でき、誰かを応援すると言うよりも試合をまったりと眺めている、という感じだったと記憶しています。

そこで、冒頭に紹介したシーンになります。大怪我をしたのはコンサドーレ札幌のイ・ホスン選手。ラストプレーで選手生命を絶望へと追い込む大怪我、アキレス腱の断裂。

この年J1を殆ど全ての試合が負け戦となり、断トツ最下位いの中をもがき苦しんでいたコンサドーレ札幌にとって、悪夢の中でさらに悪夢を見ている様な状況だったと思います。

喉を枯らす、いや喉を潰すほど応援しても、足に痺れが来るほど跳び跳ねても、待っているのは負け、負け、負け・・・

ナビスコカップではまだ可能性を残すものの、リーグ戦では「惜しい」すら殆どなく、端から見ていて気の毒になるほど、あらゆるチームに完膚なきまでに叩きのめされていました。

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※フットボールラボ 札幌の2012シーズンより(https://www.football-lab.jp/sapp/match/?year=2012)

それでも、静まり切った平日夜、響いていたのは少数精鋭の尋常ではない声の嵐でした。

「まだあんなに声が出るのか!」

思わず私は唸りました。

彼らの存在感は試合開始からずっと際立っていました。

長年サポーターをやっていると分かるのですが、ゴール裏のサポーターの人数で「だいたいこのくらいの声量だろう」という予測が立つものです。

その意味で、大宮ゴール裏の応援は、良い意味で予想通りという感じでした。応援歌のレパートリーもJ2時代(-2004年までの事を指す)に比べて増えて、楽しそうな雰囲気が増しています。

一方の札幌サポーターはどうでしょうか。平日の夜のカップ戦、長距離の移動、そしてリーグ戦での敗戦に次ぐ敗戦。

これだけの悪条件を満たすチームは、逆に珍しいです。実際、札幌サポーターは少なかった。

それでも札幌サポーターは、一発目のコールからスタジアムの空気を変えていました。私の隣にいた大宮サポーターのおじさんが「熱いなぁ」と口に出してしまうほどには。

記憶とは不思議なものです。10年ほど前の事とは言え、私は試合のゴールシーンを思い出すことができません。

でも札幌サポーターの歌声は今でも思い出すことができるのです。

② 旅行先でちょっと驚いた話(2014年 J2リーグ 札幌対北九州@札幌ドーム)

関東でも平野部に住んでいる私は、雪に慣れていません。ましてや、3月の雪なんて・・・。

2014年3月22日、私は札幌にいました。体調を崩した祖母のお見舞いと、札幌国際スキー場で遊ぶ為です。

羽田空港から新千歳行きの飛行機に、遠目から見てもガラの悪そうな(失礼)人がいたため遠巻きに見ていたのですが、よく見るとサッカーのユニフォームで北九州のサポーターでした。

実は私はお見舞いとスキーの他にも、ちょっと寄りたい場所がありました。札幌ドームで行われる、札幌対北九州の試合の観戦です。他の予定が決まった後にチケットを買いました。

電車アクセスの良い関東にいる限り、見たいチームはJ1でもJ3でも見る事はできます。ただ、「非関東チームVS非関東チーム」の戦いは、見ようと思わなければ見れません。

私からすると北海道チームVS九州チームと言うカードは、一生に一度見れるかどうかの組み合わせなのです。

一番気になったのは大怪我を負ったイ・ホスン選手の事でした。スマホで調べると、どうやらサブとして復帰しているらしいという事を事前に知りました。

ただし、大怪我以降実戦はなかったようです。

「ホスン選手が練習している姿を楽しみにしよう」

やはり目の前で大怪我のシーンを見ており、その後の絶望的な状況も報道で知っていたので、そもそもキャリアが続いているという事が嬉しかったです。

そんな控えめな楽しみを持ってそこそこ早めに会場へと入り、スマホでスタメンを確認すると、なんと彼がスタメンではありませんか!!!

何度か確認しましたが、どうやら彼の1年10か月ぶりの復帰戦だったのです。驚きで顎が外れそうでした。

練習でキーパーが出てくると、札幌サポーターの大きく温かい声援がドームの屋根を叩きます。

「ホスン!( * * * )ホスン!( * * * )ホスン!」

私はというと、札幌サポーターの声援を聞いたら急に涙が出てきたものですから、ポテトチップスの底に残りが無いか確認するふりをしてうつむきになり、泣いているのを誤魔化していました。

肉眼で確認できる位置から彼の苦しそうな顔を見ていたので、この元気に復帰できた姿を見れて本当に良かったと思いました。(他チームのサポーターなんですけどね)

スタンドのいたるところから札幌サポーターが「おかえりー!」と声をかけ、本当に良い雰囲気で試合は始まり、札幌は完封勝利で北九州に勝利です。

この試合は復帰した彼と、彼を見守り続けた札幌サポーターの勝利だったと思います。

※イ・ホスン選手の当時のツイート

③ 札幌サポーターは苦しむ仲間と共にある(2019年 J1リーグ 札幌対浦和@埼玉スタジアム)

少し寒さが残る3月の初め、5年ぶりの札幌の試合は浦和相手でした。舞台は埼玉スタジアム、スタジアムは全て赤に染め上げられていました。

浦和のホーム開幕戦という事もあり、埼スタの周りは人、人、人・・・カップに注がれた東京ドームより気持ち安いくらいの割高ビールを飲みながらの観戦です。

私はバックアッパーで見ていたのですが、札幌サポーターは浦和サポーターに負けず劣らずの熱気でした。

札幌の名物応援歌「スティング」が始まると、埼玉スタジアムの一角が一つの巨大な生き物の様に揺れ始めます。

人数は違いますが、一人一人の迫力は7年前のナビスコカップで見た彼らと何も変わりませんでした。

「待ってるぜ 札幌の駒井善成」

「頑張れ横山知伸 回復を祈っている」

※浦和サポーターの方が撮影した横断幕

何より私が深く感動したのは、怪我をした駒井選手と、脳腫瘍の手術を受けた横山選手への横断幕が、圧倒的な存在感を放っていた事です。

2017シーズンにク・ソンユン選手がオウンゴールで落ち込んでいる時も、「ソンユン、私たちを救ってくれ」という激励の横断幕を掲げていた事を思い出します。

※札幌サポーターの方が撮影した横断幕

サポーター団体の皆さんが主導したのか有志の方が作ったのかは分かりませんが、リードした人も一緒にコールした人も素晴らしい心遣いだと思います。

ホスン選手の時もそうでしたが、札幌サポーターにはどこか、苦しんでいる選手を救い出す力がある様に感じます。

試合は浦和に何もさせず、札幌が攻撃サッカーで勝利しました。試合終了前になると、浦和サポーターよりも札幌サポーターの歌声が存在感を放っており、試合内容も相まってチーム全体が明るい未来を感じさせる内容でした。

もしかしたら、何かしらタイトルが取れるのでは?そう思った人も少なくないと思います。

この予想は半年ほど経った後、同じ埼玉スタジアムで答え合わせをする事になるとは思いませんでした。いよいよ書きたかった本番です(笑)

④ 赤と黒の歌声が埼玉の空を割った日(2019年 ルヴァンカップ決勝 札幌対川崎@埼玉スタジアム #サッカーの忘れられないシーン

その日は完全なサッカー日和でした。青く晴れ渡った空、高すぎない気温、心地よい風、全ての気候条件が揃っていました。

前日の台風21号はすっかり北の方へと去っていきました。しかし、そのせいで札幌サポーターはかなり厳しい移動スケジュールを強いられたという情報が入っています。

「大丈夫かなぁー」

ギリギリ手が出せるくらいに値段設定されたビールを飲みながら、今度はメインアッパーでの観戦です。

スタジアムに入って驚いたのは、綺麗な赤と水色に染められたスタジアムでした。札幌サポーターが予想していたより遥かに多く来場していたのです。

ホームタウンの川崎市・武蔵小杉駅からさいたま市・浦和美園駅まで電車一本で行く事のできる川崎サポーターが多いのはまぁ当然でしょう。

しかし、飛行機もしくは新幹線を乗り継がなければ来場できない、しかも悪天候の煽りを受けている札幌サポーターがこんなに多いのは予想外でした。

勿論関東に住んでる方も多いとは思うのですが、それを差し引いても圧巻です。

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会場では緊張を隠せず、そわそわした様子の札幌サポーターを何人も見ました。

ストレートに同席者と「緊張するねー」と言っている人や、首をきょろきょろとさせている人など・・・恐らくみんなが緊張していたと思います。

もしかしたら日本ハムの兼業ファンで修羅場慣れしている人はいたかもしれませんが、コンサドーレだけを追っていた人に取っては心臓が口から出そうな勢いだったのではないでしょうか。

「そう言えば鹿島サポは、異様にどっしりしていたなぁ」

なんて事を思い出していました。ナビスコカップ時代に鹿島の試合をゴール裏の後ろの方から見たことがありますが、特段変わった様子もなく普通の様子だったのを思い出します。

試合前も普通、選手が入場しても普通、試合が始まっても普通、明らかにスタッフではないオジサンがビールを売りさばいていても普通(!?!?)・・・などなど。

もちろん席種の違いもありますが、何となくの雰囲気に違いは感じました。たぶん気のせいではないと思います。

そして札幌の選手たちが練習で出てきた時、札幌サポーターの大声援が始まります。

私はやや札幌よりの席だったのですが、札幌サポーターの声圧により川崎サポーターの声援が聞こえなくなります。

川崎サポーターもホームアウェイ問わず素晴らしい応援をしてくれるのですが、この日は札幌サポーターに押され気味だった様に思います。

「We Are 札幌!!!」

※マリノスサポーターの方が撮影した当時の映像

いや、川崎サポーターでなくとも、この声相手にタメを張れる相手がどれだけいるか、という話になると思います。

浦和の応援より若干高めの札幌の応援が、声の波になってスタジアムを包み込みました。一人一人が懸命に頑張る光景、やっぱり人数は違っても、あの日大宮で見た札幌サポーターと変わりません。

愚直に、自分の持てるエネルギーを選手たちに叩きつける、そして良い時だけでなく悪い時も支え続ける、これが札幌サポーターなのでしょう。

そして、私の #サッカーの忘れられないシーン は札幌サポーターの応援歌、スティングが始まった時でした。

一瞬の静寂と、その後の拍手。勿論私も自然と拍手をしてしまいました。彼らが待ちに待った晴れ舞台で全ての力を注いだ瞬間、埼玉の青い空は赤と黒の力で割れたような気がしました。

最初に書いた通り、長年サポーターをやっていると「大体この人数ならこのくらい」と、大体の応援の大きさの予測は立てられるものです。

彼らはそのメーターを、完全に振り切りました。この声を聞くためにチケットを払ったと言っても過言ではないくらいに、猛烈に感動してしまったのです。

「これだから生観戦はやめられない!」

画面の前で実況解説の丁寧な説明を受けながら快適にサッカーを見るのは確かに楽しいです。

実際のスタジアムにはサッカーの事を教えてくれるプロの声はありませんし、椅子は狭くて固く、選手も豆粒みたいに見えます。全然大きくないカップに注がれたビールが600円という高値で取引されています。

それでも、わざわざ数千円のチケット代を払い、数千円、アウェイでは数万円の交通費を払ってでも観に行きたくなるのは、スタジアムでしか得られない感動を得るためです。

そして、その感動の最たるものは、サポーターの歌声だと思っています。この迫力、この熱意は、テレビの前では絶対に味わえないものです。

この歌声は耳を、いや全身を刺激します。五感、六感に響くと言ってもいいかもしれません。

収録マイクの拾った音に従わざる得ない画面の前と違って、スタジアムでの「耳」は常に自由です。サポーター応援の聞き比べという贅沢な楽しみを提供してくれます。

テレビカメラに従わざる得ない画面の前と違って、スタジアムでの「目」は常に自由です。サポーター1人1人をじっくり見る事ができます。

メインアッパーからは浦和美園駅方面から急いで合流しようとする札幌サポーターの姿も見ました。台風の影響で遅れたのかな?慣れない道に迷ったのかな?そんな事を思えるのも、このスタジアムの中で自由な「目」があるからです。

「肌」はサポーターの応援の響きを感じ鳥肌を立てながら震え、「鼻」はそんな雰囲気の中でも秋のそよ風の心地よい匂いを拾ってくれました。

レートが上がり過ぎている高値のビールもおかわりしたくなるくらい、「舌」もスタジアムに来て喜んでいるのが分かります。

そして何より、「脳」が色々な事を思い出してくれます。

最下位でボロボロになりながら叫ぶのを止めなかった彼らの事、大怪我を負った外国人選手を信じて待っていた事、そしてまた大怪我の選手を支え続けようとした事、全ての記憶が蘇ってくるのです。

コンサドーレ札幌サポーターのおかげで、試合前にチケット代の元は取れました。

その後カップ戦決勝史上最高レベルのパフォーマンスを見せてくれたので、割高なビール代を差し引いてもすごくお得な気分で帰っていったのを覚えています。

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⑤ 最後に

札幌は決勝で敗れました。川崎は本当に強かったです。

試合をコントロールしていく大島選手、大舞台で勝負を決める小林選手、PK戦で胆力を見せた新井選手・・・

特に上から見ていて、541ブロックにじわじわと浸透していく大島選手は脅威だった様に思えます。パスを出すタイミングが全くつかめず、プレッシャーのある場面で悠々とボールをキープし、味方に出して急加速したり、逆にそのまま同じ場所に突っ立っていたりと、とにかく「次、何をしてくるか」が全く読めない。

それでも札幌が何とか持ちこたえたのは、良い調整をしてきた選手とそれを支えた素晴らしいスタッフ、そしてサポーターの出した一体感のお陰だと思います。

そして、決勝の晴れ舞台までたどり着けたのも、チームとしての一体感あっての事でしょう。

本当に、あとほんのちょっと力が及んでいれば、ほんのちょっと運があれば、勝者と敗者は逆だったかもしれません。

その意味では、サポーターも「ほんのちょっと」が足りなかったかもしれません。

「鹿島サポーターはどっしりしていた」と書きましたが、詳しい状況はこうでした。

私が観に行った2012年のカップ戦の決勝は、鹿島が延長に勝ち越し点を決めるという、この日の札幌と同じ展開です。(鹿島2-1清水)

相手エンドで決まった若き日の柴崎選手のゴール、その瞬間のサポーターはちょっと「よしよし!」と言うくらいで、誰も喜びを爆発させていません。

応援歌も途切れず同じものが続きます。変化と言えば同じ応援が気持ち大きくなった程度でした。

いや、それどころか、近くにいた鹿島サポーターのおじさんが輪を囲む鹿島の選手を見て「いつまで喜んでいるんだ!!まだ終わってないぞ!!」と怒鳴り出し、「最後まで、集中しろ!!」「浮かれるな!!試合をシメろ!!」という他のサポーターの声も聞こえました。

応援団のインファイトおじさんも「まだ終わってない!まだ終わってない!」とメガホンで繰り返し叫び、サポーターの喜びを抑えつけていました。

私は行ってないので現地の事情は分かりませんが、2011年の鹿島対浦和で延長の決勝ゴールが入った時のYouTube映像を見ても、同じ応援歌が続いていました。

どうやら鹿島サポーターは「トーナメント決勝」×「決勝ゴール」という状況でも、非常に冷静で、応援や声援にも再現性があるようです。常勝と呼ばれるだけはあります。

札幌サポーターは川崎の谷口選手の退場、福森選手の延長決勝ゴールという完全な勝利の条件に、喜びを爆発させ冷静ではいられなかったと思います。

ここが私の言う「ほんのちょっと」です。

完全にタラレバ話にはなりますが、もしここで応援に一工夫あったら・・・もしも味方選手を落ち着かせる様な応援ができたら、もしも川崎の選手を煽る様なリズムを崩す応援ができたら、もしかしたら小林選手のゴールは生まれていなかったかもしれません。

比較対象が20個以上のタイトルを獲得した鹿島サポーターなので、そんな事を言われても困るとは思いますが、感じた事をそのまま書かせてもらいました。

ただ、ここまで来れたという事は偶然ではなく地力があるという事です。またいつか、コンサドーレ札幌には同じ状況がやってくると思います。

このコロナ禍の後ならば、その時はもっと進化した札幌サポーターの応援が聞こえるでしょう。

他サポーターの私は、いつか来る彼らの二度目の晴れ舞台を楽しみにしています。

札幌サポーター、いつも熱い応援をありがとう。

by某関東チームの他サポより

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