両手を血に染めろ
「おまえがイラクから帰ってきてジャンキーになったのは知ってる。ヤク買う金は貸さねえぞ」
「ち、違うよ、お金の話じゃないんだ。これを」
Jはアパートメントにおれを入れる。カーテンが締め切られた部屋は暗いが、ベッドの脇にはどう見ても女の死体がある。黒いロングヘアを床に流して俯した女は真っ赤なカクテルドレスに裸足で、肩や腕にすでに死斑が出ている。
サイドテーブルと床にはアルミホイル、スプーン、ランプ、注射器、咳止めシロップの瓶、酒のグラスが散乱している。Jの震える左手にはリボルバー。
「ぼ、僕がやったんじゃない」
「嘘だろ」
おれはガリガリのJの胴体を蹴り倒して銃を奪う。めがねがすっ飛んで冷蔵庫にぶつかった。なるほどこんな体じゃ女にも敵いっこない。おれは銃口で女を指して、
「じゃあこいつはなんだって言うんだ」
「わかんないんだよ、さっき起きたらこうなってた、銃だって女と一緒に落ちてて、こ、怖くて電話したんだ」
Jは後ろ手をついて身を起こし、涙ながらにわめく。キッチンから鈴の音をたて、黒猫がナー、と鳴きながら出てくると、Jはそいつを抱き上げて頬をすりよせた。
「ああ、ルドルフ、無事だったんだ……。ねえ、ブライアン頼むよ、もう僕ほかに誰も頼れないんだ」
こいつは確かに人なんて殺せるたちじゃない。戦場のトラウマからヤク漬けになるしかなかったくらいには繊細だ。
「なんでおれがジャンキーと死体と猫の面倒見なきゃなんねえんだよ」
おれは猫の首輪に光るものがあるのに気づく。
「これは」
「僕のじゃない」
盗聴器か位置情報の発信機、またはその両方。Jは完全に仕組まれて女殺しに仕立て上げられようとしている。おれはさすがに怖くなって、首輪を外して放り捨てようと窓を開ける。途端にサイレンの音が響いて、パトカーが3台猛進してくるのが見えた。ドンドンと激しくドアが叩かれて開いたその瞬間、おれはとっさに警官に向けて撃ってしまった。
(続く)