The Hideout-4
新田が扉の横のパネルにカードキーをかざす。入ってすぐの部屋でラテックス手袋と使い捨てスリッパに履き替え、エアシャワーを通って次の部屋へ向かう。人工的に日照を再現する照明システムと、ちりや埃が入り込まないように外部より高気圧に保つ空調システムで環境が整備されている培養室だ。突き当たりに人の背丈を越える大きな水槽のようなものが三つ並んでいた。新田たちが年月をかけ苦労して構築した、クローン人間用の三次元培養システム。その中央、朱色の培養液が耐熱強化ガラスのタンクに満たされている中に、その個体はあった。
「ヒカリ」
我が子を慈しむような目つきで新田が培養槽に声を掛ける。水槽内に音を伝えるシステムはないだろうし、あったとしてこの個体が言葉を理解するのか切林にはわからなかった。個体は若い女性、少女から大人になったばかりというような、瑞々しい娘のかたちをしている。瞼を閉じ、やや上体を丸めるようにして膝をゆるく抱えた胎児の姿勢。伸びた髪が培養液の中をやわらかく漂って水中花のように光っていた。
「名前があるんですか」
「プロジェクト名にちなんで僕が勝手に呼んでるだけだ。書類上はHI-44だよ」
「44例目で成功したと?」
「そう。僕もはじめからこのチームにいた訳じゃないんだけどね。加わった時には40例目の作出が進行中だった」
培養槽はヒーターと酸素供給器に繋がれ、液の中にゆるやかに流れができている。培養されている個体はごくゆっくりと、静かに槽内で旋回していた。くるりとその顔がこちらに向き、かすかに瞬きを繰り返す。唇の端から小さな気泡が水面へと昇って赤く輝く。新田はそれを見あげて言う。
「きれいだろう? すばらしい成果物だ」
切林は水槽のガラス面からやや身をひいて、顔を向けた個体と視線を合わせないようにしている。科学的な興味よりも本能的な恐怖心が勝っていた。
「この個体が完成したのは新田さんの手によるところが大きいと聞きました」
「そういうことになるんだろうかね。僕があんな案を持ち込まなければ、あるいはこの子はここまで大きくならずず、今後の過酷な行末も経験せずに済んだのかもしれない」
新田は寂しそうに微笑んでガラスに両手をつく。彼に向き合うかたちになったその個体が心なし微笑したように見えて、切林は慌ててめがねを外して目をこすった。