それってほんとに弊害?
みなさんこんにちは!
今回のtopicは「それってほんとに弊害?」です。
コロナウイルスにたくさんの方が悩まされ、私のような学生の子達はきっと学校生活も大きく変わってしまってしまい苦しさを感じた方がたくさんいると思います。
そんな一変した環境の中に慣れてしまったことにより発生した私たちの代特有の暗黙のルールというものがあるのではないでしょうか。
今回は!
そんな自分も学生という立場なので自分自身がコロナ禍後に感じたことをみなさんにもお伝えしたいと思います!
🌟自分たちが置かれた環境
今回のコロナウイルスによって大きく生活が変わり大変な想いをした方々も多くいると思います。特に、学生の皆さんはきっと学校でのイベントがなくなったり、大切な仲間と直接会う機会が失われたりと心に大きな傷ができてしまうこともあったでしょう。私もその1人です。
学年が変わってすぐ、みんなと会えない日々が続き、いつ終わりが来るのかもわからない状態で家で1人、時間だけがすぎていく…。
学校がある時期はみんなで「早く帰りたーい」とか「学校休みになればいいのに!」と言っていたのにも関わらず学校が恋しくなり、失ってわかる大切さに気づかされたこともありました。
そんなちょっとしたことで世界に広まり、大きく生活が変わってしまった状態からやっと抜け出し、みんなと再開できて胸が高まるのも束の間。
あの苦しかった時間から抜け出した途端、ここの世界は変わってしまったのだと感じました。
🌟 “変わってしまった”こと
私のクラスは元からあまり自発的に意見を出し合ったり誰かが積極的に動くというクラスではありませんでした。
みなさんの教室とは違う状況かもしれませんがすこし私の感じたことを聞いてくださると嬉しいです。
コロナの影響によって自宅待機の時間が続き、誰かと直接面と向かって話す機会が奪われてしまいました。そんな状態に慣れてしまった学生たちはきっと自分を塞ぎ込んでしまうことも多かったのではないでしょうか。
きっとそんな心の変化が人に対する考え方にも変化を与えたのでしょう。
私がコロナ禍後、新しい学校生活が始まり初めて感じたことが
「なんて生きにくい世界なんだ」
ということです。
誰か1人が積極的に動くとみんなから目をつけられてしまう。それをわかっているからだれももはや動かない。先生から質問されても重い空気が漂い無言が続く時間…。
「目立つと負け」ゲームのような状態。
今までのような大人しく、1人での時間を過ごし自分を塞ぎ込むことに慣れきってしまったのか。
私は、勇気を出して一歩踏み出している子に向けられているのは称賛のようなものではなく冷たい目だということに気づいてしまいました。
🌟 それってほんとに弊害なの?
一度自分がこのような状況が出来上がってしまったのだということを大人の方に話したことがあります。その時に帰ってきた言葉が「ある種のコロナの弊害のようなもの。」というものです。
たしかに、コロナというもので自分の身近な環境が大きく変ってしまったからこのような状況が出来上がってしまったものかもしれません。
けど、本当に「コロナのせい」で終わらせても良いのでしょうか?
コロナウイルスというものが変えてしまったのは生活や環境であり、人の考え方を変えてしまったというのは私は違うのではないかと感じてしまいました。
というよりコロナ禍だったからという理由で片付け、この先もこの状況に耐えることができるのかと考えた時、私はできないと思いました。
身近な環境が変わってしまったからといって、今までの仲間に対する考え方も一変させてしまうことはとても辛いことだと重います。
せっかく仲間の大切さ、日々感謝しながら生きていくこと、そんな当たり前のありがたさに考えさせられるような機会をむしろ与えてくれたものに対して、害と名付けてしまうのだと思った時少し悲しかったです。
じゃあ私たちはどうするべきなの?
きっとこれからもこの状況が続くと、お互い自分の自信を削りあってしまう関係が続いてしまうと思います。いじめにつながって誰かをまた封じ込めてしまうことも…。
そう考えると、私たちが今するべきことは、誰かの頑張りをちゃんと見つめ認めることなのではないでしょうか。
勇気を出すことは素晴らしいことです。目立つことだって恥ずかしいことではありません。
周りの目をより一層気にしてしまうような状況であったからこそ「完璧」にとらわれすぎているのではないかと私は思います。
失敗したってなにも問題ないじゃないですか。むしろ私は、堂々とみんなの前に出て失敗できている人がかっこいいと感じます。
私が願っているのは、いろんな方々が悪いところだけを見つけ出すようなことをするのではなく、その人のいいところを見つけ認めることが当たり前になっている世界です。
辛い時期を一緒に乗り越えられて、その苦しさも半分こできる関係なのに。一歩その苦しかった所から抜け出そうとしている、勇気を踏み出した仲間には拍手をかけてあげてほしいのです。
その拍手をすることも目立つことになってしまってすぐには行動に移せないかもしれません。
けど、あなたの行動が周りの人たちを動かすかもしれないのです。
一緒に勇気を踏み出してみませんか?
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