棒手裏剣の研究 その3
棒手裏剣の長さと太さ、そして形状が飛び方に与える方向性はおおよそ把握することが出来てきた。手探りながらも試作と試打を繰り返すことでおぼろげながら方向性が見えてきた。
「同じ長さなら太いものよりも細い方が倒れやすい」「同じ太さなら短いものよりも長い方が倒れやすい」「影響力は長さ>太さ」
ここまでは理解できた。
次に考えたのはもっと簡単に調整する方法はないか?ということである。
私が手裏剣の調整にのめりこんだ理由からお話しすると、それは単純に「簡単に刺す手裏剣」が欲しかったからである。
手裏剣というのは回転と距離が合わなければ刺さらない。どんな距離でもそれに応じて回転をコントロールして切っ先を的に向ける。これが非常に難しく、そして楽しい課題でもある。
切っ先がちょうど水平あたりで的に到達するから手裏剣は的にささる。
そのための調整方法は2種類あると私は考えている。
一つは的までの回転と的がぴったり重なるように調整する方法である。距離に応じてちょうど水平になるように倒れるべく長さや太さを合わせることで手裏剣を的に刺す。
もう一つは水平で飛行する距離を可能な限り伸ばす方法である。
この二つは後々に本質的には同じであることがわかるのだが、この時はまだその意識はなく完全な別物として捉えていた。
垂直に立って手から離れた手裏剣の切っ先は90度倒れて的に刺さる。では。この的がなければどうなるかというと当然さらに飛行して切っ先は真下を向く。切っ先が真下を向くまでの回転と的までの距離をぴったり合わせたものを用意するなると何本も手裏剣を用意して距離に応じて持ち替えなければいけなくなる。実際にそうやってきっちりと距離を合わせる流派もあるかもしれない。しかしまだ打法も安定していない私にとってそれはいたずらに手裏剣の本数を増やすだけで、結果として持て余してしまうように感じた。そこで私はなるべく直線距離が長くなるように調整出来るようにと、その方法を模索することにした。
簡単に調整出来ることをテーマにしたのは手裏剣を始めたばかりの時に所属していた道場で行った打剣会での出来事があった。
私を含め、手裏剣についてまだ不慣れな人間が集まって手探りで手裏剣の研究をするところからスタートした。そうした人たちが思い思いに手裏剣を入手して集まる。代用品で自作する者、店舗で購入する者、そしてインターネットで購入する者、さまざまである。今現在でもそうだが、インターネットでの買い物は玉石混交である。中には本当に素晴らしいものが手軽に入手できるケースもあるが、残念なことにその逆もまたあり得る。
ある一人が入手した手裏剣は、先端がやや太く、後ろ側が少し細い形状をしていた。そこまではいい。鍛造か削っただけか、耐久性の違いなどその時はまだ分かっていなかった。それよりも問題だったのは持ち手に薄いラバーがつけられていたことだった。手裏剣の解釈は人それぞれだが、巻き物をつける理由を「滑り止め」と記載されたサイトなどもある。そうしたものを見た人が何も考えずに滑り止め目的で簡単に取り付けられるラバーを使って製作したのかもしれない。とにかくそのラバーは手のひらで引っ掛かりまともな打法が通用しない代物だった。
手裏剣術は難しい。ただでさえなかなか刺さらない。手裏剣を始めたばかりの人は刺さらないことに対して二通りのリアクションを見せる。何としても刺してやろうと決意し挑戦するか、すぐに辞めるかだ。
残念ながらこのラバーを付けた手裏剣を購入してしまった人は後者だった。周りの雰囲気を壊すまいと笑顔を崩さずにいたが、言葉の端々に「もうこの手裏剣はいらない」という意味が見え隠れし、実際それ以来手裏剣の練習には参加していない。
そんな場面に遭遇した。
期待してワクワクしながら購入した手裏剣がハズレだったショックもあったのだろう。その時、もし私がその手裏剣を調整してある程度以上の水準に引き上げることが出来ればこの人も手裏剣の沼にハマるのになと感じながらも何も出来なかった。
だからこそ私は簡単な調整にこだわった。簡単というのは再現性が高いということ。そして、誰がやってもある程度同じ結果を出せること。
手裏剣を削る方法は確かに結果は出るが手軽ではない。よしんば、自分の手裏剣なら削ることも出来る。でも、これが人のものだとそうもいかない。調整のために突然手裏剣を削ったら驚かれもするだろうし、抵抗がある人もいる。そもそも、棒手裏剣の中には非常に硬い鋼材で作ったもの、さらに全体に焼き入れをしたものやステンレス製のものもある。いずれも気軽に削るのは難儀な素材である。
そこで目を付けたのが手裏剣に糸などを巻き付ける方法である。
通常、この巻き物は様々な意味合いで巻き付けられるが、その中の一つに「ごく小さな操舵翼」としての効果も含まれる。つまり手裏剣の空中姿勢を安定させる効果である。上手く設計できれば、もしかしたら、ダーツの羽根のような効果を発揮出来るかもしれないし、それによって距離を大幅に伸ばすことも出来るかもしれない。そう考えた。
手裏剣術流派において、最も歴史が深く、そして最も長い距離を打つ流派の一つに「根岸流」がある。この根岸流は5間(9メートル)の距離でも手裏剣が的に立つと言われている。根岸流の手裏剣はこの巻き物を巻き付けることでもよく知られている。先端が太く、持ち手の部分に巻き物を取り付けた根岸流の手裏剣はロケットのような流線形のシルエットを持ち、手裏剣術流派の中でも最長クラスの距離を飛行する。この距離と安定の秘密を巻き物が担っているように感じた。そこでこの巻き物について調べ、自分でも実験してみることにした。
手裏剣に糸を巻き付け、試打してみる。確かにそれでも少し飛び方は変わった。しかしそれ以上に糸が手に引っかり急激に下方向に飛んでみたり必要以上の回転がかかり刺さらなかったり、しまいには糸が取れてくる始末。散々だった。あまりの結果に、仲間に「巻き物なんて邪魔でしかない!ない方がまだまともに打てる」とこぼしたほどだった。
しかしそこであきらめようにも、実際に巻き物が効果を発揮している「結果」は目にしている。自分の間違いが必ずあるはずだと考え、糸の巻き方からあらためて調べ直した。しかしなかなかわからないことだらけであった。巻き物をつける手裏剣を使う根岸流手裏剣術という流派は非常に長い歴史と伝統がある流派だ。歴史と伝統がある流派ということはそれを守ることに一つの意味がある。つまり、手裏剣の作り方一つ取ってみてもそこには先人から脈々と受け継がれてきた伝統があり、門人はそれを守り次の世代へ伝えることの担い手である。外部に出すようなことはしない。それでも、似たようなことを個人で研究している人を参考にしたり、そこから派生させて自分独自の流派を立ち上げた人などをつてに何とか巻き物を自分のものにしようと努めた。資料を見るとすべては書かれていないものの断片的な記載は見つけられる。断片をたどる作業をしながら実際に巻き物を巻いては試打、ほどいて巻いて、また試打を繰り返した。
塗料は色を塗るためのものだと思い込んでいたが、塗料を塗ることで表面がもう一段固まり手触りも変わる。そんな小さなことを一つ一つ見つける作業の繰り返しだ。
そんなことをしている中で重要視したのがバランスである。巻きつける糸の長さや出来上がりの重さを基準にしてはなにをどこまで試したのかがわからなくなってしまう。だからこそ「今どのくらいのバランスで、次はどのくらいのバランスにしてみよう」という基準はとても都合がよかったのである。
ここからまた新しい発見があった。
そして、この試行錯誤は一人では出来なかった。だからこそ、協力を求めた。遠い土地に住んでいらっしゃる手裏剣術の御宗家、手裏剣が上手な忍者、武術研究家の先生、皆、気軽に接することが出来ないくらいにそれぞれの分野で大活躍している人たちばかりだった。
怒られるのを承知で「他流で稽古していますが手裏剣について悩んでいます」と打ち明け、アドバイスを求めた。
普通であれば相手にされなくても文句は言えない。入門とかそんな話をすっ飛ばして「教えてくれ」と言っているのだ。
しかし、驚くことにこの誰もがこんな荒唐無稽な話を無下にすることなく疑問に答えてくださった。
だから、この時期に得た素晴らしい先生方とのご縁は、本来目的としていた手裏剣の技術や製作方法などとは比較にならないくらいに大切なものであり今を持ってもこれからも私にとっての宝物であると胸を張れる。
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