手裏剣の房と巻き物について

棒手裏剣は形状も大きさも様々です。丸形に四角形、六角形に八角形、先端だけが三角になっているものもあります。さらには先端が太くなっているもの、後ろに行くにしたがって絞りが効いて細くなっているものもあれば完全な棒状のものもあります。
中にはこの後ろの方、持ち手に当たる部分に糸や布キレなどを巻き付けているものがあり、これを巻き物と呼んだりします。もう一つ、手裏剣の尾部に糸などを房のように取り付けたものもあります。
この巻き物と房付きの手裏剣について解説したいと思います。
巻き物ですが、これは木綿糸や布切れを巻き付けます。現代ですとここに細いラバーグリップを巻いたり、テーピングや布テープなどを巻き付ける人がいます。古くは馬の毛、猪の毛、熊の毛などの獣毛を巻き込んでニカワなどで固めていました。房に付いても同様です。古くは獣毛は副産物として利用していた側面もあるかもしれませんが、現代においては逆に入手が大変ですし、獣毛は汚れが多かったり、想像以上に硬かったりと使い勝手がいいとは言い難く、古きものが必ずしもいいものではないと言えます。ニカワに関しても同様で、現代の手裏剣においては手軽に入手出来て均一の品質の綿糸や絹糸、木綿などを接着剤やボンドなどで固めて使うことが多いのが現状です。
そもそも、なぜ持ち手に糸を巻く必要があるのかですが、手裏剣の基本と言われるものの一つに滑走という手のひらを手裏剣が滑る動きがあります。この手のひらを滑る動きをしやすくするために糸などを巻くという人がいます。もう一つは昔、暗闇で手裏剣を持った時にその前後が咄嗟にわかるように持ち手に巻き物をしていた説、その際、金属がぶつかる音がしないように巻き物をしていた説などがあり、手裏剣の用途に即した理由があることが伺えます。他にも、刀に拵えがあるように手裏剣もまた使う人間にとって使いやすい大きさになるように調整するために巻き物を巻いたという説もあります。私の個人的な見解ですが、現代の平和な時代においては手裏剣は武器ではなく稽古の道具です。適切に的に刺さるように重心を調整することもあります。そうして重心を調整した手裏剣は持ちにくいことが多いのです。そこで形状を整えて持ちやすいように成形しなければいけません。巻き物はその成形の役割があると考えています。手裏剣の最適な重心を求めた結果、尾部へ行くにしたがって持ち手が極端に細くなってしまった手裏剣もあります。そうした持ち手の極端に細い手裏剣を打つと目標よりも上方向へ飛び出してしまうことが往々にしてあります。この場合も、細すぎる持ち手を成形する必要があります。それと、これは結果論かもしれませんが、この巻き物は手裏剣本体が傷つくのを防いでいると言えます。的に手裏剣を打つ時、先に刺さった手裏剣は尾部がこちらを向いています。そこに次の手裏剣が当たると金属同士がぶつかるので手裏剣本体が傷ついてしまいます。巻き物にはこれを防ぐ効果もあります。
房の役割は空中での姿勢の安定の為とよく言われます。ちょうど、飛行機で言うところの操舵翼の役割を期待してつける人も少なくありません。
私自身もこの房については勉強し、トライ&エラーを繰り返しました。その上で私自身が感じている房の役割は空中で姿勢を安定させるものとは少し違います。
どういうことかと言うと、房には確かに空中姿勢を安定させる効果もあります。でも、その効果を発揮するのは手裏剣本体の長さや重さ、形状にもよりますが5間(9メートル)以上の長距離になってからです。
通常、手裏剣術の稽古で使う3間(5.4メートル)以内の距離で空中姿勢を安定させるにはいくつもの条件をクリアする必要が出てきます。
ではこの3間以内の距離で房をつける意味がないかと言うとそんなことはありません。3間以内の距離で房を取り付ける意味の一つは「手裏剣を倒す」ことにあると私は考えています。手裏剣術を始めたばかりの人は手裏剣が回転しすぎて悩むことから始まります。そして、慣れてくると今度は逆に、手裏剣が立ったまま的に当たり刺さらない状態に悩むようになる時期が来ます。そこを越えて手裏剣の回転をコントロールすることを覚えることが手裏剣のおもしろさの一歩目だと考えています。
しかし、そのコントロールは非常に難しいものです。
回転しすぎても回転しなくても手裏剣は刺さりません。練習ならまだしも演武や人前で打剣する時にはそれが不安になります。どちらが出るかわからないのが不安ならば、どちらか一方の選択肢を潰せばグッと楽になります。そこで手裏剣を早めに倒すために房を取り付けたのではないかと私は考えます。
直打法は手裏剣を立てて打ち出し、それが90度倒れます。
この時に尾部に房があるとそれが空気抵抗となります。立った棒状の物体の尾部(この場合、下部)に空気抵抗があれば嫌でも手裏剣は倒れます。
的に刺さった手裏剣の房がぱっと開いているのはこの空気抵抗を受けたためです。立てて打ちさえすれば必ず倒れる。これが房の最大のメリットだと私は考えます。しかしデメリットもあります。それは、空気抵抗を受けること。空気抵抗を受けて手裏剣が倒れるから刺さると言いました。しかしそれは一定の距離での話です。先述した通り、手裏剣は回転しすぎても刺さりません。水平のプラスマイナス45度くらいの角度であれば刺さりますがそれ以上回転してしまえば当然刺さりません。房をつけた手裏剣はある一定距離では非常に安定してよく刺さります。しかしその範囲からほんの一歩後ろに下がった瞬間にどうしても刺さらなくなるというケースは多々あります。つまり、空気抵抗を受けているがために水平からプラスマイナス45度ほどの「刺中可能な状態」で飛行する時間が短いのです。
これに対応するには房の長さや取り付ける量を微妙に変えた手裏剣を大量に持ち、距離に応じて使う手裏剣を変えるしかありません。
的に向かっていればそれでもいいのでしょうが、手裏剣を武術と捉えた場合、逃げる相手や向かってきた相手に対して大量の手裏剣から咄嗟に合うものを探して打つという悠長なことが出来るかどうかは疑問です。現代の武道だから必要ないと言われればそれまでですが、それでも一定距離を超えると極端に弱いということに変わりはありません。
ちなみに、この空気抵抗で一度倒れてしまった手裏剣ですが、そのまま飛び続けた場合、今度は回転して下を向いた切っ先が「浮き上がる」瞬間があります。それが先ほど述べた5間以上の長距離です。
矢印の先が切っ先とします。
↑ 上を向いて飛び出した手裏剣は空気抵抗を受けて回転します。
↗→ この状態が的に刺さるベストです。
↘ その後、さらに回転します。
↓ 通常であればこの状態になれば戻ることはありませんが、房付きの手裏剣の場合、こうなったときに尾部にある房が空気抵抗を受けます。
↘ すると切っ先が再び持ち上がります。
→ この揺れ動きが小さくなり比較的進行方向を切っ先が向くようになるのが5間以上の長距離なのです。
つまり、房を活かすためには物理的な距離が必要になるのです。
ただしこれは手裏剣本体の長さや重さ、そして形状によって条件が大きく異なることを改めて追記します。これを利用した手裏剣を私は製作しましたがとても興味深いものになっています。
空気抵抗を利用できることが房のメリットでありデメリットだと考えています。表裏一体、どう使うかが重要なのでしょう。
だからこそ、手裏剣の中には一度房を作ってそれを巻き込んだものもあります。房の空気抵抗の影響をもっと穏やかに使いたい気持ちがそうさせたのではないかと私は感じています。この房を完全に糸などの中に巻き込んだものが巻き物なのではないでしょうか。だからこそ、尾部に糸を巻いた手裏剣の巻き物もごく小さな操舵翼としての効果があると感じる瞬間があります。
房を突き詰めるのも確かに意味があることです。しかし私自身はある程度、自分の技術や感覚で手裏剣の回転をコントロールすることに手裏剣術の、直打法のおもしろさがあると感じています。
多くの手裏剣術稽古者は自分の愛用手裏剣を持っています。一つの手裏剣で広い距離を打ち分けられた方がきっと楽しいと私は考えます。

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