手裏剣の音色

手裏剣の種類によっては、滑走を掛けて手裏剣を打つと鳴るものがある。
滑走を掛けることで手のひらや指と手裏剣の間に摩擦が生じてわずかに振動し、あたかも鈴の音のような澄んだ高音を響かせながら飛ぶことがある。
音が出るからいい、出ないから悪いという話ではないが、強く手裏剣を握りしめてしまっては音は出ない。手裏剣は優しく柔らかく持つことで微細なコントロールが出来るものなので、この音を頼りに練習をすることで自分では気が付かない手のひらの状態をチェックする一つの指針にはなる。
物理的に音が鳴らない手裏剣も存在する。
音が鳴るのは手裏剣の表面と手の摩擦と振動があるからであり、例えば糸などを巻いた手裏剣は糸が手裏剣を押さえているので音は響かないし、同様にメッキ加工などがされたものも音は鳴らない。手裏剣を武器として捉えたときにはやはり音はしない方がいいだろう。相手に察せられる可能性があるからだ。しかし音の出る手裏剣と出ない手裏剣を混ぜて使うことで混乱を招くことはできたかもしれないし、合図に使えたかもしれない。そんなロマンがあってもいい。実際に手裏剣に糸を巻く理由の一つに手に持った手裏剣同士の音が響かないようにすることを挙げた資料は存在する。

手裏剣の音はなにも摩擦によるものだけではない。風を切って飛ぶ音が聞こえるものもある。そして的に刺さる音。
こうした一つ一つはすべて手裏剣の状態や身体の状態を教えてくれる。
的に刺さる音などはわかりやすく、的の素材が木材か畳かマットかによっても違うが共通する感覚はある。綺麗に刺さった時の音はどんな素材であろうと澄んで聞こえる。上下左右の回転が強かったりして斜めに手裏剣が刺さる時は音も何となく鈍い響きがある。これは手裏剣のブレと関係していると私は考えている。
綺麗に刺さるとき、入射角にもよるが手裏剣はほぼ水平になる。正確には少し上を向いているものを「生きた当たり」と表現するがそこはまたいずれ。とにかく、結果的に水平に近い角度で刺さる。そうすることで「余計な音がしない」ことが音が澄んで聞こえる理由だろう。
もし放たれた手裏剣の上下左右いずれかにブレがあると的に刺さる際に斜め方向にめり込むことになる。結果として的材を余計に壊す音も微細ながら混ざるのでそれを「余計な音」と認識しているのではないかと感じている。
だから真っ直ぐに手裏剣が的に立った時には余計な音はしない。
畳なら「ドンッ」木材なら「コッ」という音がただ響くだけだ。

アスリートがよく音楽を聴いて集中力を高めるシーンを目にする。
手裏剣ももしかしたら何かしらの音楽を掛けながら練習することで技術の向上につながる可能性は否定出来ないが、今のところ手裏剣術も武術の一環であるから基本的には無音の中で稽古する。そうすると周りの音は聞こうとしなくても聞こえてくる。そうしたサインを捉えることで、実は五感をフル活用した稽古を無意識に行っている。
飛んだ軌跡、刺さった音、それぞれに色がついていると表現する人もいる。共感覚ほどはっきりしたものではなくとも、集中していればうっすらと景色は変わるだろう。
手裏剣は一人稽古をすることが多いからこそ、音は時として明確な言葉のように状態を教えてくれる。私は手裏剣の距離を伸ばしたい時に、音を遠くまで飛ばす感覚を持つ。的と自分を結んだ空間のあの辺りまで音を飛ばせば刺さると手裏剣が教えてくれる瞬間がある。
それは経験から来る無意識の五感を総動員した予測の結果だろう。
たかが音、しかしそれは手裏剣の声である。
道具の声を聞こうと耳を傾けるとはオカルトのような話ではあるが、一つ一つの根拠を考えると頭ごなしに否定するものでもないだろう

オカルトのような話としてもう一つ。
人の上達曲線は階段状だという人がいる。あるところで壁がありそれを超えることで上達していく。この壁は小さいもの大きいもの様々な形で存在するが、稽古中にふとこの壁を超えた実感があった瞬間、雨音が響いていたことが多い。
手裏剣が飛ぶさまを龍に例えることは昔から多く、自分にとって一番最高の手裏剣を「飛龍剣」次に相性がいいものを「銀龍剣」と呼んだ人もいた。
龍は水の化身、雨を呼ぶとされている伝承もある。
これも全くの偶然だろう。
しかし雨音のような自然界の音には人を癒す効果のある528Hzの音域が含まれているとされる。この癒し効果はリラックス効果と言い換えるられるだろう。手裏剣を打つ緊張感の中、雨音に含まれる音域によるリラックス効果により集中が高まり今まで出来なかったことが出来たり、質のいい打剣をすることで壁を一つ超えたたような感覚が得られたのかもしれない。
一つ一つに理由を求めればそんなところかもしれない。
しかしこの音を追いひたすら打剣に集中することで次の壁もまた超えられると信じで愚直に稽古することが上達への道筋であることは間違いない

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