棒手裏剣の研究 その8
房付きの手裏剣についてはいづれ寸法も詳しく書こうと思うが、今回はもう一つのアプローチ「誰でも刺さる手裏剣」について書こうと思う。
棒手裏剣の難しさは刺さりにくいことにある。
両尖りの手裏剣もなかにはあるが、基本的には棒の先端だけしか尖っていない上にその先端はあらゆるところを向く可能性がある。それを距離に応じて回転数をコントロールしなければいけないので難しいのは当然と言える。
この難しさに初めて直面した時に人は二種類の反応を示す。
一つは何としてもこの難題を克服しようと決意するもの。
もう一つは「つまらない、もうやらない」である。
手裏剣は刺さり始めるとその面白さが一気に深みを増す。そこまで到達してしまうと棒手裏剣の沼とも言えるものにどっぷりハマることになる。
しかし何度でも言うが手裏剣は難しい。
だからこそ、アプローチの一つとして「誰でも簡単に刺さる手裏剣」があればまずは気軽に楽しさを知ってもらうことが出来ると考えたのである。
これは薔薇の造花を房代わりに取り付けた手裏剣が大きなヒントになった。房を上手に使うことで特別な手の内の操作など一切しなくとも切っ先が常に的を向くことは証明済みだ。そして、その後のボール紙で作った円錐形の巨大な尾翼によってもこの事象は再現できた。
これを持って「誰でも簡単に刺さる手裏剣」としてもよかったのだが、いかんせん付属パーツが大きすぎる。手裏剣、つまり手の裏の剣という言葉の定期からは大きく外れる。
それに、房の関係で飛び方が違う。
造花や尾翼を付けたものはその大きさのせいで直打法のように切っ先を指先側に向けて持つことが出来ない。切っ先を手首側に向けて反転打法のように持つが。その上で反転させずに投げる。切っ先を手首に向けて持ち、手首を90度曲げて手を振り上げれば切っ先は目標側を向くだろう。そのまままっすぐに飛ばす。手裏剣は水平のまま飛んでいく。これは普通の手裏剣術にはない動きで、特殊な房があって初めて出来ることだ。
これを手裏剣の形に落とし込む。出来れば形だけでも直打法を使いたい。
切っ先上に向けて持ち、90度倒れる。その後、房の効果によって水平を保ったまま長距離を飛行する。それが理想だ。
まずは直打法の手の内で持てるように房を小型化した。糸の長さを長くしてもいいが、度が過ぎてもいけない。そこで棒手裏剣の大会ルールに則り4センチ以内の房で結果を出せないか考えてみた。
通常の房では通常の効果しか出すことが出来ない。今欲しいのは通常以上の空気抵抗である。そこで房の長さではなく量を増やしてみた。多少の効果はあったがまだ足りない。ならばと、素材を変えた。糸では量を増やしても空気抵抗は足りない。そこで目を付けたのはビニール紐だった。軽くて、平べったい形状は抵抗を生む上で理にかなっていると感じた。これは非常に強い空気抵抗を生み、手裏剣の軌道に大きく影響を与えた。
しかし抵抗が強いだけではまだ足りない。手裏剣の切っ先が抵抗により下を向いて飛んでしまう。これでは刺さらない。そこで試しにいつもテストをする2間(3.6メートル)前後よりも遠い距離の4間(7.2メートル)以上まで下がってテストしてみた。すると手裏剣は的に刺さりだした。
ふとひらめいた。
先ほどまでは確かに手裏剣は刺さらなかった。それは距離のせいなのだ。
つまり、房には2種類の効果があるのだ。
直打法の軌道で飛び出した手裏剣は下方に取り付けられた房の抵抗により切っ先が回転して切っ先が下を向く。その時、房は上部に位置することになる。そのまま飛行すると今度は上にある房に抵抗を受けることになる。
結果として、下を向いている切っ先は持ち上がり水平に近い角度になる。その揺り返しがだんだん小さくなり水平飛行しているようなのだ。
手裏剣において房は「手裏剣を倒すもの」としか思えなかった自分にとってこれは大発見だった。
回転したら終わりと思い込んでしまい、さらに先が見えていなかったのだ。
房の抵抗が強ければ、その後で切っ先は戻る。
ここで少し視野が広がった。
問題はその効果を得るためにはまだ物理的な距離が少なくとも3間(5.4メートル)以上必要である。このままでは3間(5.4メートル)以上の距離専用になってしまう。遠い距離ならば房を活かせるがこれを可能な限り近い距離で活かせないものだろうか。手裏剣術の稽古でよく用いられる2間(3.6メートル)前後でこの房の効力を最大限発揮してみたいものだ。
そこで、手裏剣を小型化することにした。手裏剣が小型化すれば相対的に房の抵抗は強く働く。
それまで15センチほどの手裏剣を使っていたが小さい素材を探した。
目を付けたのは5寸釘だ。5寸、つまり15センチ、太さは5ミリ強の釘。これの頭をカットしたものを稽古で使っていた。
これに4センチほどにそろえたビニール紐を取り付けた。結果は悪くなかった。しかしまだその効力を発揮するのは3間(5.4メートル)からである。
近い距離だとどうしても手裏剣が倒れ切らない。
ここでようやく課題が見えた。
手裏剣を直打法の持ち方で持った場合、房を付けた手裏剣が水平軌道で安定して飛ぶのは一度倒れた手裏剣が起き上がってからだ。だから最初から水平に飛ばせる逆持ちなら安定する。しかし直打法の持ち方は譲れない。
現状では近い距離では手裏剣が倒れないから刺さらない。
つまり、手裏剣を早い段階で回転して倒れるようにしてしまえばいい。
早い段階で手裏剣を倒すための引き出しはもう持っている。
それは「極端な前重心」だ。
ただの前重心ではない。物理的に重心が中央よりもはっきりと前にある超極端な前重心の手裏剣が必要だ。
普通に尾部を削る加工では間に合わない。
ビニール紐を使うとは言え、4センチ程度の房で最大の効果を発揮したい。そのためには軽量なものでなければいけない。そして、極端な前重心。
後ろに軽量素材を接ぐでは間に合わない。軽量で丈夫で成形しやすいもの…一つ思い当たった。
ステンレスストローだ。
まず、5寸釘をさらに半分、約7センチ前後にカットしてその後ろにこれも5センチほどにカットした太さ6ミリのステンレスストローを接着してみた。ステンレスストローの穴の内径は約5ミリだったので釘の後ろ側を長さ5ミリほどの範囲でほんの少し削ってあげるだけでうまくはまる。そこを接着すると極端な前重心の手裏剣が完成した。後ろは薄いステンレス、しかもストローだから当然中空だ。軽い上に頑丈。この二つを組み合わせた時の重心は全体の長さの3分の1あたりに位置した。言うことなしの剣体が出来た。そこにビニール紐の房をつける。はからずもストローの中空構造がこんなところでも役に立った。穴の中に押し込むだけで簡単に房が取り付けられる。
早速テスト、距離は2間(3.6メートル)今までなら房を効果を発揮できない距離だ。いつも初めてのテストの瞬間は緊張する。
直打法の手の内で、投げる。打つのではなく投げた。
手から離れた手裏剣は2間という短い距離の中で私が思い描いた通りに急激に回転してその後、切っ先が持ち上がり的に刺さった。
誰でも刺さる手裏剣が完成した瞬間だ。
全長11.5センチほどの小型超先重心の手裏剣に4センチほどのビニール紐の房。この組み合わせがあって初めて完成する。
手の内は直打法、でもただ思い切り投げただけ。急激に落ちて上がる。そうとしか形容できないある種奇怪な軌道を描いて短い距離で刺さる。
これはこれで面白い。何より簡単だ。的に届きさえすれば誰でも簡単に刺すことが出来る。
ただしこれはあくまで補助輪、もしくはストライダーのような存在だ。
遊びのためのものであり、手裏剣を始めたばかりの人にいち早く刺さる楽しさを知ってもらうためのものだ。
これに頼って万能手裏剣と言うつもりはない。しかし別な使い方もある。手裏剣に慣れてきて距離を伸ばしたい人がいるとしよう。
技術的なアドバイスをいくら受けたとしても打つのは本人である。突然限界距離を延ばすことはなかなか難しい作業だ。そこでこの手裏剣が役に立つ。
人間の脳と言うのは本当に不思議なもので不安があると成功率は著しく下がるし時には自分の限界を自分で決めてしまう。今までどうやっても刺すことが出来なかった距離を前にしてこの手裏剣を使ってほしい。届きさえすれば必ず的に刺さる。その距離でも手裏剣を刺すことが出来るのだと身体が覚えることで、限界距離が延びることもあるのだ。出来ることの確認、その為にもぜひ活用してもらいたい。
ここまでしなくとも後ろにある程度大きな抵抗をつけて比較的長距離から逆持ちで投げれば同様の効果を得られる。
ただし、気を付けてほしいのは一度切っ先を落としてから上げる関係でどうしても狙いよりも下方向に飛びやすい。地面に刺さないようにしてほしい。しかし経験上、水平飛行をしているので地面に当たってもバウンドして的に刺さる。この軌道をより穏やかにすることが今後の課題である。
本当は寸法の数字などは有料記事にでもしようかと思った。しかしこの「誰でも簡単に刺さる手裏剣」はその使い方も含めてまだまだ発展途上にある。だからこそ私が思わぬ形で誰かの役に立つかもしれない。楽しんでほしい。そして正しく使ってほしい。その上で、どんな形でも誰かの役に立ちその人の人生を豊かにしてほしい。そんな願いを少しだけ込めて寸法を公開する。
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