映画評論 アプレンティス ドナルド・トランプの創り方
ドナルド・トランプ。東海岸でお坊っちゃまとして生まれただけのコミュ障くんが、街の王となり、全米を手に入れ、世界さえも脅かす。その彼には極悪非道のプロデューサーがいた。
広告に連られて試験前日に観に行きました。採点結果が恐ろしい限りですが、それを含めてもリターンは取れたと思う映画です。R15以上の皆さん。刺激が欲しいならアプレンティスを観ましょうか。
オススメする一方で、この評論は広告目的ではありません。映画制作者が読む前提で書きます。ネタバレ満載なのでご注意ください。
俳優さん、演出さんへ
完全にアニメ脳の私は実写のことなんか分かりませんが、少なくとも演技はリアルでした。どっしりと座席に腰掛けていたのに、いつの間にか背中が浮いてスクリーンに引き込まれていました。俳優の声質だけでなく字幕もセンス抜群で、視聴を拒否したくなるほど凶悪な世界観が構築されていました。視聴を拒否したい中にも
「じゃあ観なかったらいいじゃん」
「でも観ちゃうの!!」
と思わせてくれるような、探検的な没入感がありました。おそらく、俳優のダイナミックかつ繊細な努力と、美術スタッフ及び演出家の効果的な工夫によるものでしょう。2時間があっという間に感じました。
脚本家へ
ストーリーは整っていました。それ以上でも以下でもないと言うつもりはありませんが、それ以上のことが1つしか見当たりません。
ラスト手前のシーンは、観客に強烈な印象を刻み込むものでした。AIDSに苦しむロイ・コーンのためホテルの一室を貸し出して誕生日パーティまで開いてやる。トランプはそこでキラキラに輝く宝石をプレゼントする。ロイは喜ぶが、ニセモノであることをコッソリ知ってしまう。てのひらを返された彼は誕生日ケーキを涙ながらに拒否し、半年後、トランプが脂肪吸引の手術を受ける最中で没してしまう。
トランプの人情を描いたかと思えば、それはニセモノであった。人間の冷酷さを伝えるのに完璧すぎるエピソードであります。更に、筋トレに励んできたロイと脂肪吸引に頼るトランプとの対比によって後者の「どうしようもなさ」が上手く表現されています。主人公の末路を描き切った点は非常に高く評価できます。
ただ、肝心の「転換点」のエピソードが物足りません。ロイ・コーンが勝訴を導き、ロイ・コーンが免税を認めさせ、ロイ・コーンが勝手に弱体化する。トランプは何もしていません。ロイが肩車し、いつの間にかその存在感が薄まったことで「あれ、俺強くね?」と謎の自信を満々に成功者、そして冷酷者へと変貌しただけです。3つのルールも、字面は凶暴ですがエピソードとしては弱すぎます。
人というのは面白い生き物で、自分が勢いだけで言ったことに支配されてしまうのです。これを踏まえて理想的な展開を考えましょう。トランプは免税の審議中、反対派への怒りからとんでもない発言をする。ロイは「よく言ったな。お前はもう俺の息子だ」と褒める。トランプ青年は自分の発言が悪い事だと自覚しつつも、ロイの機嫌を取りたいがために曲げられず、その通りに行動することが増えるうちに、人間関係的にも社会地位的にも変貌してしまう。トランプの葛藤を描いてから変貌させることで、より面白みやリアリティのあるストーリーになったでしょう。
もう1つ甚大な文句があります。ドスケベシーンが多すぎます。
その極まりが、トランプの妻に対する性的暴行です。トランプがマジでそういうことをしたのか、事実は確かではありません。確かでない以上、それを映画で描いてしまうのは失礼、というか名誉毀損ではないでしょうか。やってもいない性的暴行を描かれたら、たまったもんではないと思いますし、事実だったにしても他の方法でトランプの「汚れ」を表現してほしいものです。
性は男女双方にとってデリケートな問題であると考えています。クラスに1人くらいの、しょうもない男子が性情報に精通してネタにすることはあるあるですが、それは彼らの人間性に面白みがなく、性という刺激的なコンテンツでしか交友関係を維持できないからです。脚本家の場合だと人間性は作家性だと考えられますが、作家性の弱い人に限ってストーリーをドスケベやグロで誤魔化しがちです。
下品なストーリーを描く場合でも、やはり格の高い作家と低い作家の違いは明確であり、前者は性行為をメタファーで間接的に示したり、人間の心理を深掘りすることで見応えのあるドロドロ感を表現します。トランプという唯一無二の主人公を描くには、それ相応の魅力を持った脚本が必要です。
監督へ
カメラワークが大変お上手だことで。表情をアップにするタイミングとか、画面の揺らし方とか。前半では閉鎖的かつ下から見上げるようなマップで物語を展開し、後半になると開放的かつ上から見下すようなマップになるのも、他の人にはとてもじゃないですが真似できないと思います。前述の通り私は実写に関して完全に無知ですが、少なくとも監督が上手いことは伝わってきました。
総評
色々言いましたが、総じてこの映画には満足しています。時間とお金と試験の点数を何点か犠牲に、その5倍くらいのリターンは頂きました。
世情が乱れてならない2020年代ですが、そんな時こそ、文学の力で人々の心を再生してください。