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通夜の飛び入り客(前編下)
冷たく薄暗く長い廊下を走るように歩く。正勝は集中治療室に寝かされていた。
心臓モニタリングシステムの心電図モニター、血圧モニター、脈拍モニターで24時間の監視体制が整えられている。
急性心筋梗塞や不安定狭心症などの心臓血管系の緊急事態に備えて、呼吸器や輸液ポンプなど生命維持に不可欠な機器が設置されており、茜はからだが緊張と不安で硬くなっていくのを感じる。
茜が近くにいるスタッフに身分を名乗ると「少しならいいですよ」と看護師が傍まで誘導してくれた。気が付くとみちるがこわ張った表情で傍に立っていた。
血の気のない青白い皮膚が命を感じさせなかったが「有田さん」と呼びかけると、薄く目を開け少しだけ二人の立っている方を見上げ、うなづいたようにも笑ったようにも見えすぐに目を閉じた。
「有田さんはこれから検査をします。ケアマネさんには、お聞きしたいことがありますのであちらにいいですか」と看護師に促されCCU室を出た。下肢が芯から冷え切っていた。
救急搬送用の受付待合室には茜だけが残り、みちるには労をねぎらって帰宅してもらった。息子の勝司からはまだ連絡がない。
これから入院手続きの代行、情報提供などの聞き取りがあるはずだ。今日は夕食の支度に間に合いそうにないので自宅に電話を入れた。
待合室は一層寒さがこたえる。長い待ち時間はさらに胸騒ぎを大きくする。CCU完備でなかなか立派な病院だが今日は医師はひとりなのか、肌の色が違う横文字の名札のスタッフが多いようだが、日本語は通じるのだろうか。
検査と言っていたけど、カテーテル検査だろうか、それで詰まった冠状動脈が見つかればステント留置か。それならカテーテル処置で済むかもしれないが、状態が悪く開胸でバイパス手術などとなれば、90歳を超えた老人に耐えられるのだろうか。
茜は息子に何度も電話をかけメールを入れるが返信は来ず、その苛立ちが不安を恐怖に変えてしまいそうだった。
ようやく書式を抱えた看護師がやって来て、入院手続きを済ませた。ケアマネは保証人や身元引受の欄には記入しない。あくまで緊急連絡先のみにする。
これまでの経緯やかかりつけの主治医、薬剤情報などを申し送った。身内は勝司のみだった。
「息子さんにはこちらのことを伝えていますので、後ほど連絡が入ると思います」と在宅支援の看護師に伝えて病院を出た。時計を見ると22時をまわっていた。
夜道に車を走らせながら、茜は先ほど見た正勝のロウのような顔を思い浮かべ「助からないかもしれない」と感じていた。
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