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「セックスのファストフード化が加速している」 スラヴォイ・ジジェク(哲学者)

『COURRIER』
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スラヴォイ・ジジェク(75)にインタビューするのは、筆舌に尽くしがたい体験である。哲学者、精神分析家、文化理論家、政治活動家、ロンドン大学バークベック人文学研究所インターナショナル・ディレクター、そしてスロベニア共和国の元大統領候補である彼との会話では、一つのテーマから別のテーマへ次々と飛んでいく。だから、対談者はなんとかして置いてけぼりにされないようにしなければならない。ジジェクは、ユニークで予想がつかないのだ。

「剰余享楽」とは

──あなたは『為すところを知らざればなり』(※原題副題は「政治的要因としての享楽」)、そして『快楽の転移』をすでに書いています。そして今回『剰余享楽』を発表しました。なぜ、このテーマに関心があるのですか?

戦争や人種差別、そのほかの多くの恐怖をめぐって何が起きているかを理解するためには、まさに享楽に注意を払わなければなりません。私は、享楽を「喜び」としてのみ理解しているわけではないのです。もちろん、誰もが満足いく人生を手にしたいと思っています。でも、剰余享楽は別の問題です。

剰余享楽が加わりうる享楽は一つもありません。なぜなら享楽とは、常に剰余だからです。それはもっと強烈な楽しみに関するもの、心臓発作を起こすまでセックスを続けながら実験できる類のものではありません。事実、享楽を性的快楽と混同してはなりません。

──剰余享楽は、日常においてどのように現れるのでしょう?

たとえば、犠牲の行為のうちにあります。それは、絶対に中立ではありません。1943年の「スポーツ宮殿演説」をご存知ですか? ヨーゼフ・ゲッベルスがおこなった最も有名な演説で、第二次大戦で最も記憶されているものの一つです。

──もちろんです、総力戦についての演説ですね。

そのとおり。あれは倒錯した演説です。この演説の最後に、ゲッベルスはベルリンのスポーツ宮殿に集まった群衆に向かってこう尋ねます。

「諸君は総力戦を望むか? 我々が今日想像できる以上にラジカルになることを欲するか?」

ここまでくると、人々は熱狂して彼に声援を送ります。ですから剰余享楽は、原理主義を理解するための優れたツールといえるでしょう。

同じように、私は剰余享楽が羨望の表れでもあるとも主張しています。トランプ支持者による米議会議事堂への襲撃にそれがみられます。それに、剰余享楽と伝統的な権威との関係も興味深いです。レトリックの禁止に目を向けましょう。権威者はあれやこれやをしてはいけないと言いますが、奥底では人々がそうすることを望んでいます。しなければがっかりするほどです。

たとえばユーゴスラビアでは、共産主義政権はかなり寛容でした。政府に対する政治ジョークは禁止されるのではなく許容されていたというのが、私の見解です。それは、人生に不満なら人々には笑いの安全弁が必要だ、ということです。そういうジョークが作れなければ、状況は一触即発になっていたでしょう。

──快楽主義を放棄すれば、社会としても個人としても私たちはもっとうまくいくのでしょうか?

はい、ただし「禁止」ではなく、放棄する場合です。他者を助けること、働くこと──そうしたことすべてが、あなたに満足を与えてくれるでしょう。問題は、犠牲や痛みは真正さの表現になりうると、多くの原理主義者が考えていることです。

私たちは残忍な新世界に向かっている

──あなたはトランプを「無教養なカリスマ的リーダー」と呼び、「その享楽衝動を考慮することなしに」彼を理解することが可能なのか、と自問しています。彼が2024年11月にホワイトハウスに返り咲くところを想像しますか?

トランプからは剰余享楽がにじみ出ています。彼の言動を見てください。残忍に人々を嘲り、立場をコロコロ変え、 嘘をつく……ポストモダンの大統領の最高の見本です。

とても悲観的なことを言いましょう。私にはホワイトハウス関係者の知り合いがいますが、彼らが言うには、最初はウクライナ戦争で、それからイスラエルとハマスの戦争でバイデンが軍事的姿勢をとったのは、人々が彼をおろおろした弱弱しい年寄りとみなしていたからだそうです。もっと男らしく見えるように、彼はあんなことをしたのです。

しかしどうなったかというと、イスラエルはバイデンの権威を挑発しており、いまや彼は、いっそう弱々しく見えています。これに私はぞっとします。トランプには勝利の現実的なチャンスがあります。なぜなら私たちが知っているように、バイデンは、黒人、イスラム教徒、進歩主義の若者たちのあいだで支持を失っているからです。

ドナルド・トランプ
トランプには勝つチャンスがあるという Photo by Steven Hirsch-Pool/Getty Images

──仮にトランプの第2期があるとして、それをどのように思い描きますか?

「もし彼が勝ったら新たな世界戦争が勃発するだろう」とは、私は思いません。彼の任期は、それ以前の政権よりも平和であったことを認識しなければなりません。明らかに芝居がかっていたとしても、彼と金正恩のシンガポールでの対面は、ある意味で状況を緩和しました。近頃は、北朝鮮が脅威だと語る人は誰もいません。トランプは、シリアにも行きました。あのときの彼は、攻撃的ではありませんでした。

ですから私は、彼が「米国を再び偉大に」を引き続き実行に移すことになると危惧しています。そして彼の政治が、平和的なものであっても、1期目よりなおいっそう壊滅的な結果を生み、米国をBRICSの国々のように(ほかの人たちに起きることには無関心に)変えてしまうことを怖れています。

彼はすでに、ウクライナへ支援をしないつもりだ、プーチンが西欧を侵略しようがどうでもいいと言いました。2~3年前、タリバンがアフガニスタンで権力を奪還した際に何が起きたか覚えていますか? 中国が速やかに彼らと合意に達したのです。中国政府は、ウイグル自治区のイスラム教徒への抑圧から視線を逸らせることと引き換えに、タリバンの内政には干渉しないでしょう。

私たちは、残忍な新世界に向かっています。自由民主主義が駆り立てる、フランシス・フクヤマ的な概念においてではなく、ナショナリズムを装備した独裁国家が駆り立てる世界的資本主義に向かって。中国とロシアは、「保守的な近代化」として伝統を取り戻し、社会崩壊危機を統制するナショナリズムで補強した強い権威をもって、緩やかなファシズムの形態を実践しています。

シンプル化する性欲

──あなたの本が提起している大きな問題の一つは、我々はなぜ自分たちへの抑圧を享受するのか、というものです。 抑圧の反対は、「やりたいことをできる自由」ではなく、「鬱」であるとあなたは強調しました。いわば欲望の喪失です。さまざまな国で実施されたアンケートは、新たな世代は性的関係を持つよりも、デジタルの交流を好むということを示しています。その点については、どう考えていますか?

私は20歳を過ぎた自分の息子と、その友達について述べたのです。私は息子からこう言われました。「性欲があるときに、どうして長いプロセスで時間を無駄にしないといけないんだ?」と。彼らにとって最も現実的なのは、「Pornhub」のようななサイトに行き、スクリーンの前でマスターベーションをして2~3分で果てることなのです。あるいは、性的関係を持つなら、何の束縛もないアバンチュールのほうがいいのです。これは、ファストフードが君臨したのと同じプロセスです。

人々が、時間が足りないからという理由で、料理や落ち着いて食事をすることをやめたときに、これが起こりました。セックスのファストフード化が加速しています。それは、マスターベーションに似た何かに変わっている──これをやったら次はこれをやる、というように。

そこから派生して、エロティックな言語の消滅が進んでいます。レトリックを失い、どんどんシンプルで直接的になっています。

──あなたは「人生の楽しみを知る人」のどんな性質を持っていますか?

何も。楽しむのは私にとって禁断の行為です。良い映画を観ることを自分に許すことはできますが、必ず自分を正当化します。それが、書くための何らかのアイデアをくれるかどうかを考えずにはいられないのです。楽しみのために映画を観たり音楽を聴いたりするのは、私にはできません。

もっというと、独りだと私はレストランにも行けません。それを淫らなことだとみなしているからです。ほかの人たちと一緒のときだけ、私はごちそうを楽しむことができます。それを集合的体験として理解しているのです。カントにとってそうであったように、食べることは私にとって文化的で儀礼的なイベントです。文明とは、礼儀のある会話を意味します。

非政治化した市民

──剰余享楽の悪循環を断ち切るのは、誰にでもできることでしょうか?

自分を抑制することならできます。 好ましくない反応も見られますが。韓国の友人が話してくれたのですが、若者のあいだで、野心は脇に置き、つまらない仕事を探し、すべてに無関心でいるような風潮が強まっているそうです。日本、さらに中国にまでこの傾向は広がっています。そこに、新たな世代の脱政治化を見てとることができます。

彼らはおそらく、ガザで起きている苦難に抗議する声明文にはサインするかもしれませんが、それだけなのです。東京における人生のささやかな喜びへの関心は、まさにヴィム・ヴェンダース監督が映画『PERFECT DAYS』で描いたものです。この映画は、ありふれた、そして非政治化した市民の生活がどのようなものかを伝えています。こうした選択肢は、ますます力を増しています。

『PERFECT DAYS』撮影風景
『PERFECT DAYS』ができるまで─米紙が見た「製作の舞台裏」

ですから私たちは、抗議する人々(右派でも左派でも)と話すとき、その抵抗がマイノリティに関わっていることを常に意識するべきです。

この韓国の事例は、彼らの隣国ゆえに私にとって興味深いものになっています。韓国の人々は、北朝鮮の隣りで暮らすことや爆撃されることに恐怖を抱いていると、人は想像するかもしれません。でも彼らは気にしていません。深刻に受け取っていないのです。彼らは人生を楽しむことを考えています。

私はこの現象には複雑な感情を抱いています。おそらくそのすべてがネガティブなものというわけではないでしょう。成功への妄執、 私たちを取り巻く、何が何でも進歩しようという妄執を考慮すればね。ドイツが日本を抜いて世界第3の経済大国になったところです。どうしてかわかりますか?

──教えてください。

彼らは裕福だから。それに、人生のごく普通のもの、日々の喜びを大切にしているからです。それは古い木の椅子に腰かけることや、バラの花束を買うといったことかもしれません。そこにはどこか良いものがあります。何かの役に立つのかはわかりません、私たちは複数の危機に陥っていますから。私たちは起こりうる非常事態に備えなければなりません。

あなたは『三体』のシリーズを観ましたか? もしくは、原作を読みましたか?

──ワン・チャイが書いた3部作の第1作が気に入りましたが、「ネットフリックス」のドラマ版にはがっかりしました。

私もです。でもあの作品が提起したこと (400年後に異星人が地球を侵略する)は、気象危機から派生する不確実性について考えさせられます。何が起きるか、私たちにはわかりません。あるパターンの異常気象は、さらなる大量移住や戦争という結果になりうるかもしれません。

乱暴でシニカルなことを言いましょう。あまり深刻すぎない何らかの生態学的災害が、私たちを少し目覚めさせ、新たな形の有効な世界的連帯を生み出すかもしれません。

長編SF小説『三体』の著者、劉慈欣
『三体』原作者の劉慈欣「人類が直面している最大の不確実性を知ってほしい」

──『剰余享楽』には、新型コロナウイルス感染症への言及が多くあります。あなたは本当に、コロナウィルスが、私たちがより良く変わる助けとなってくれると期待していますか?

資本主義システムはパンデミックを自らのために利用しましたが、パンデミックがいくつかの進歩主義的な行動を喚起したのも私は見ました。

第一に、新たな連帯精神が生まれました。米国のトランプ、英国のボリス・ジョンソンという2人の保守的な政治家は、実質的に共産主義的な手段を取らざるを得ませんでした。彼らは市場のルールを破らなければならなかったのです。

たとえばトランプは、米国の全世帯が2000ドルの小切手を受け取るよう命じました。また、非常に左翼的なこともやりました。連邦政府が企業に対して何をすべきか命じることを認める、第二次対戦下の法律に頼ったのです。マスクや緊急用人工呼吸器が必要なときに、市場にあるものを待っていることはできません。直ちに製造しなくてはならないのです。

その後、大企業がどれだけ儲けたか私たちは知ったわけですが、それでもより大きな連帯や、市場のルールを破る必要があることに私たちは気づきました。ルールを「廃止する」のではないですよ。私は愚かなスターリン主義者ではありませんから。そうではなくて、社会の要求に応じるべく、新たなルールを定めるのです。新型コロナは、新たな脅威に向けた良いリハーサルでした。

拷問を受け入れる社会

──あなたは「エル・パイス」紙の最近の記事で、クロッカス・シティホールでのテロの実行犯に対するロシア政府による拷問について、「イスラム国が用いる手法とさほど変わらない」と説明しました。このような前近代的な罰の慣習への回帰は、何を意味しているのでしょう?

古い秩序では、偽善が有効でした。私たちは国家が人々を拷問していたことを知っていますが、それは偽善的に公にされてきませんでした。現在は、どんどん公開されています。ロシア連邦保安庁(FSB)やロシア警察は、逮捕者の耳をどのように切るかといったことまで公表しています。拷問は、受け入れられるものになっているのです。

ガザで起きていることを見てください。あれは歴史上初めてリアルタイムで追うことのできるジェノサイド(民族浄化)です。私の友人の何人かは、そこにポジティブな面があると考えています。世界は前ほど偽善的でなくなっていることを、それが明らかにしているからです。このような現象は世界的に広まりつつあります。たとえば米国です。頭に布をかぶせて水をかけ、窒息させる拷問の種類を何と呼ぶのでしょう?

──「水責め」ですね。

米国は公式に拷問を合法化しました。頭のおかしいある上院議員が、レイプについての類語でそれに言及しました。そんな話し方をするのは世も末です。

例を挙げましょう。死の少し前、レーニンはスターリンを失脚させようと促す手紙を書きました。レーニンの主な論点は何だったかわかりますか? スターリンの政治的過ちではなく、彼の残忍性だったのです。スターリンは礼節を持って振る舞う術も同僚を扱う術も知らないと、レーニンは述べています。これは現在、かつてなく重要なことです。

──もしも1日だけジョーカー(このバットマンの宿敵について、本書最終章で徹底的に考察されている)か、スロベニア大統領のどちらかになることを選べるとしたら、どちらを選びますか?

アルゼンチンのミレイ大統領にはジョーカーめいたところがあります。トランプにもいえるでしょう。多くの国では、あなたが提案する2つの人物のあいだに違いはないのです。

ですから、私なら自分の全権力を、トランプがするぞと脅していることを実際にするために使うでしょう。重大な不正を撤廃するために、大統領令に署名するのです。持てるありとあらゆる権力を、もっと正義や連帯、新たな非常事への備えがあるほうへ社会を動かすために使うでしょう。

権力を掌握した人間は、自分の手を汚さなければならない。私は自分の手を汚しても構いません。知識人の消極的な距離や快適な立場は、国家権力以上に大きな腐敗の形です。真の革命を待っている時間は、私たちにはないのです。


この記事とは関係ありませんが、私は、カーター大統領の補佐官を取材したことがあります。
彼女は「アメリカが、自国の利益を優先している限り、アメリカが世界の平和にとって最大の脅威になる」と言っていました。
彼女の立場を考え、それを記事にしていいかと確認すると、笑顔で、「どうぞ」と答えました。
本当に素敵な人格の人でした。
現在は、アメリカの平和に関するシンクタンクにいます。


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