会社の人ってなに?
お疲れさまです。
忘年会のシーズンが近づき、
数ヶ月前に抑えられた予定が
私の、会社員ではないただの人間としての予定が圧迫されていることに、嫌気が差してきた今日この頃。
会社の人って、なんだろう。
会社の人って、会社の人で
会社だけの人で、
ただお金をもらう場所にいる人で
基本は好きも嫌いもない
わたしは、会社に何のために行くか。
お金をもらうため
友達を作るためではない。
お金をもらうために協力が必要なこともある
でも、会社だけの人達は、
私の人生には1ミリも関係もないし、
責任も持ってくれないのに、
偉そうに、私の過去や考えに口を出してきたりする。
私は仕事をして、お金を得るために会社に行く
でも、その仕事って何?
偉そうに、人の柔らかい部分に土足で入ってこられることも、お金をもらうためには必要?
それも仕事のうち?
だとしたら、これは何に関するどんな名称?
半強制的にスケジュールを抑えられる飲み会も
仕事するには必要?
↑これについては、こちらがお金を払うのでもはや罰ゲーム
会社の人は、仕事の人
仕事の人は、仕事の話をする、出来ればいい
稀に出会える、会社の人だけど友達になれる人は
私の人生に、少し華を添えてくれる。
私にとって必要な人たち。
そういう人には、私の色んなことを話せるし、
話を聞きたいし、時間を共有したい、
なぜなら、彼らは会社で見つけた友達だから。
それ以外の人は、会社の人で
会社の人は友達じゃない。
友達に話す話と、友達じゃない人に話す話は、
私の中には区別がある。
話したい内容の深さが違う。
仲良くなりたい相手だから。
学校は地域で絞られることもあるけど、
その先に進むと、
ある程度、やりたいことや波長が合う人が多かった。
それはある程度、選別されたり、目的や興味関心の方向が近いからだと思う。
でも、就活だって
数多ある中から選んでいて、
傾向が出てきそうなものなのに
なのに、
何で同じ会社の人なのにこんなに違うのか。
年代?
ジェネレーションギャップ?
友達には話したいことがたくさんあるし、
友達は、自然とお互いを尊重しながら過ごし、
その尊重をお互いに感じて、感謝も伝える。
良いところもたくさん見えて、相手に敬意も感じる。
相手を傷つける言葉は選ばないし、
伝え方も気をつける。
伝えるべきことか、考えてから
話している気もするし、
語気が強ければ、フォローもいれる。
必要な共感と不必要な同意を避けて話す。
そしてそれらは、双方向に発生しているから
気持ちよく過ごすことができ、続いていく。
思いやりを等価交換していることで、
長く続いているように思う。
これは、私が学生の時から自然と感じていることで、自然と身につけていることで、自然と意識しているコミュニケーションの取り方。
もちろん会社の人にも一緒。
会社の人だからと何か減らしたりすることはない。
なのに、会社の人は
仲良くもないのに、言葉を選ばず尊重がない。
私の人生にポジティブな要素をくれる友達に対して私は優しくしたい。
でも、ネガティブな要素を持ち込んでくる人に
何故優しくしないといけないのだろうか。
一方通行だと、どんどん私の何かが枯渇する。
相手への尊重がない人に、
相手を傷つける言葉を選ぶ人に、
相手の気持を図らずに話す人に、
人に当たるコントロール不良の人に、
遠回しに嫌味を言う人に、
何で優しくしないといけないのだろうか。
私は優しくしたくないわけではない。
でも、私の優しさには限界があって
無制限に与えることは出来ないし、
それならば、出し惜しんで、出す場所を選び、
適切なタイミングで優しくありたい。
今日、改めて感じたのは、
毎日、人の悪口や文句を言い続けている人達の
話の内容にポジティブな要素がなく、
人と比較して、人を貶して、馬鹿にしている
そのネガティブな行為そのものに、エネルギーを
取られているということだった。
もはや悪口にもならない、
ネガティブな切り取り、
ネガティブな考え、固定観念…
そういうものがずっと、
花粉のように蔓延していて
ネガティブが離れなくなって、
精神的に疲弊させられているのだと思う。
会社で行う仕事って
どこまでのどの範囲のことなんだろう
人間関係は希薄でいいのに
何でそういう人達は群れようとするのだろう
仲良くなりたい人は自分で決める
仲良くなるスピードも自分で決める
合わない人には合わせなくていい
好きな人から好かれていればいい
どうでもいい人には好かれてたほうが得だけど
合わない人は、合わなくていい
ネガティブを放出されすぎて、
花粉症になってしまったのだと思うと
もうどうにもならないから
ネガティブの花粉が飛んでない、
空気のきれいな場所を見つけて、
いっぱい息を吸うしかないのだ。
でも、本当は常にきれいな空気を吸いたい。
人間関係って信頼関係だし
信頼関係に年齢も職業も立場も関係ない
人間関係がある程度成り立たないと、
仕事も支障をきたすのではないかと思う。
信頼できないなら、信用できないなら、
協力できないし、独りよがりになる。
それなのに、
立場によって決められた上下関係で、
勝手に信頼関係も信用関係も成り立つと思っている人がいる。
あるいは、上下関係には、元から信頼と信用がオマケでついてくるものであり、既にその位置に立てば備わっているものだと思っている人がいる。
そんなに人間は簡単にできてない、
どんな関係であれ、
人として必要最低限の優しさや思いやりを感じなければ、信用も信頼も生まれない。
でも人は時として器用な面があるから、
信頼も信用も、偽装することができる。
取り繕って、
相手を気持ちよくさせることができる。
まるで、裸の王様のように。
それは、
仕事の中で発生する上下関係という立場があるから行われることであって、その人に対するものではなく、立場に対する行いなのに、自分自身に対するものだと勘違いする。
立場は肩書で
肩書は会社の中でしか通用しない。
会社の中でしか通用しないものを
会社の時間外に振りかざさないでほしい
会社の時間は、私が会社に買われている時間
それ以外の時間は、私が私のために私の好きなように使って良い時間。
だから、私はわたしの好きな人たちと、私の好きなものと、私の好きなように過ごすことが悪いとは思わない。
だから、今年の忘年会は、お断りします!!
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