
一見幸せそうに見えなくても、幸せの尺度は人それぞれ
私は老人ホームで働く介護士です。日々、多くの高齢者の方々と接する中で、さまざまな人生に触れ、さまざまな「幸せの形」を目の当たりにしてきました。
介護の現場では、「この人は幸せなのかな?」と思う場面に出会うことがあります。
体が不自由になったり、思うように動けなくなったり、家族と離れて暮らさなければならなくなったり——外から見れば「大変そう」「寂しそう」と思えるかもしれません。
でも、入居者様とゆっくり話をしていると、「ああ、幸せって本当に人それぞれなんだな」と感じることが多いのです。
今日は、そんな「幸せの尺度」について、私が出会った入居者様のエピソードを交えながら、お話ししたいと思います。
他人からは「不幸」に見えても、その人にとっては「幸せ」
ある日、私が担当している80代の女性入居者様とお話ししていたときのことです。
彼女は認知症の進行があり、時折、時間の感覚が曖昧になることがあります。家族の顔を忘れてしまうこともあり、一般的に考えれば「辛い状況」に見えるかもしれません。
でも、ある日、私が「今日は何をして過ごしましたか?」と聞くと、彼女はにっこりと笑ってこう言いました。
「今日はね、お母さんが迎えに来るのを待ってたのよ。きっともうすぐ来るわ。」
もちろん、彼女のお母さんはもう何十年も前に亡くなっています。でも、その言葉を口にする彼女の表情は、本当に穏やかで幸せそうでした。
私たちから見れば「現実と違う」と思うかもしれません。でも、彼女にとっては、大好きなお母さんが「迎えに来てくれる」と思っているその時間が、幸せなひとときなのです。
この時、私は「幸せって、客観的なものじゃなくて、その人がどう感じるかなんだな」と改めて気づかされました。
「もう何もできない」と思っていた方の、ささやかな幸せ
もう一つ、印象的なエピソードがあります。
ある90代の男性入居者様は、以前はとても活動的な方でした。
若い頃は仕事一筋で、定年後も趣味の旅行や読書を楽しんでいたそうです。でも、加齢とともに視力が低下し、手も思うように動かなくなり、今では本を読むことも、旅行に行くこともできなくなりました。
最初の頃、彼はよく「もう何もできない」と嘆いていました。そんな彼が、ある日、私にこう話してくれました。
「昨日ね、職員さんが読んでくれた本の話が面白くてね。昔みたいに自分で読めなくても、こうやって話を聞くだけで楽しいんだ。」
確かに、以前の彼の生活と比べれば、できなくなったことはたくさんあります。でも、その代わりに「誰かに本を読んでもらう楽しさ」を見つけたのです。
「できないこと」に目を向けるのではなく、「今、できること」に幸せを感じる——これもまた、一つの幸せの形なのだと思いました。
幸せの尺度は、人生経験とともに変わる
私たちは、若い頃は「成功」「達成」「お金」「地位」などを幸せの尺度として考えがちです。でも、高齢になるにつれて、幸せの基準が変わっていく方が多いことに気づきます。
以前、ある入居者様がこんなことを言っていました。
「若い頃は、家を買ったとか、昇進したとか、そういうことが幸せだった。でも、今はね、ご飯がおいしいと感じるだけで幸せよ。」
「幸せ」とは、特別なものではなく、日々の小さな瞬間にあるのかもしれません。
「幸せになれなかった」と嘆く人へ
介護の現場では、「私は幸せになれなかった」と話す入居者様にも出会います。
ある80代の女性は、戦争や貧困、家族との別れなど、波乱万丈の人生を歩んできました。彼女はよく「私は大した人生じゃなかった」とつぶやいていました。
でも、ある日、他の入居者様と庭でお茶を飲んでいたとき、ふとこう言ったのです。
「でもね、今こうやってお茶を飲んで、風が気持ちいいと思えるってことは、悪い人生じゃなかったのかもしれないね。」
この言葉を聞いたとき、私は涙が出そうになりました。
「幸せじゃなかった」と思っていた彼女も、「今、この瞬間」を感じることで、少しずつ自分の人生を肯定できるようになったのかもしれません。
他人と比べない、自分だけの幸せ
現代社会では、「幸せ」は成功や富と結びつけられがちです。でも、介護の現場で出会う方々を見ていると、それは本当の幸せとは限らないと感じます。
ある入居者様は、こう言いました。
「他人の幸せと自分の幸せは違うんだから、比べたって意味がないよ。」
確かに、家族に囲まれて暮らすことが幸せな人もいれば、一人の時間を大切にしたい人もいる。
大きな夢を叶えたことに幸せを感じる人もいれば、今日の食事を美味しく感じることに幸せを見出す人もいる。
「幸せ」は誰かと比べるものではなく、自分の中で感じるものなのです。
最後に:あなたにとっての幸せとは?
もし今、「自分は幸せなのかな?」と迷っている人がいたら、ぜひ考えてみてください。
大きな成功や、周りから見て「素晴らしい」と思われるようなことだけが幸せではありません。
・今日、誰かと笑い合えたこと。
・美味しいご飯を食べられたこと。
・少しでも「気持ちいいな」と思える瞬間があったこと。
そんな小さなことの中に、幸せはきっとあるはずです。
介護の現場で、私は何度も何度もそのことを学ばせてもらっています。
あなたにとっての幸せは、何ですか?
それが、たとえ他人には見えなくても、あなたが幸せだと感じるなら、それで十分なのです。
最後までお読みいただきありがとうございます。