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人はなぜものを愛するのか?

「愛する」という言葉にはさまざまな形があります。人を愛する、動物を愛する、自然を愛する。

そして、その中には「ものを愛する」という形も含まれています。身近な物や大切な持ち物、家や家具、手紙や写真など、私たちは「もの」に対しても愛情を抱きます。

この感情は一見すると不思議に思えるかもしれません。けれども、「ものを愛する」という行動の裏には、人間が持つ深い心の動きや心理が関係しているのです。

私は老人ホームで働く介護士として、多くの高齢者の方々と日々向き合っています。

その中で、入居者様が持ち込まれる思い出の品々や、大切にされている持ち物に触れるたび、「人がものを愛する理由」を考えさせられることが多々あります。この記事では、「人はなぜものを愛するのか」というテーマについて掘り下げてみたいと思います。
 

1. ものは記憶を宿す

ものが持つ最大の価値は、その物自体の機能や見た目だけではなく、それが私たちの「記憶」を呼び起こしてくれる存在であることです。

老人ホームで出会う入居者様たちは、しばしばお気に入りの写真や手作りの工芸品、古い時計などを大切に持っています。

これらの品物を見るたびに、若い頃の思い出や家族との絆を思い起こし、それが心の支えになると言います。

ある入居者様が語ってくださったエピソードを思い出します。彼女は若い頃に夫からもらった指輪を、いつも大切に持ち歩いていました。

その指輪を触ると、夫との初めてのデートや一緒に過ごした日々の記憶がよみがえるのだそうです。

その話を聞いて、私は「もの」は単なる「物質」ではなく、私たちの人生を刻む記憶の媒体でもあるのだと実感しました。
 

2. ものは安心感を与える

大切なものを持つことは、私たちに安心感や安定感をもたらしてくれます。

例えば、長年使い込んだカバンや、手になじんだお茶碗など、日常生活で使い慣れたものがそばにあると、それだけで気持ちが落ち着くことがあります。

これは心理学的にも説明がつきます。人間は、変化を恐れる傾向があります。

一方で、慣れ親しんだものは「自分が知っている世界」として安心感を与えてくれるのです。

この感覚は特に高齢者の方々にとって重要であり、新しい環境で過ごすことが多い老人ホームでは、愛着のある品物がその方の「居場所」を感じさせる役割を果たします。

私が担当しているある男性の入居者様は、古びたラジオを毎日欠かさず持ち歩いています。

そのラジオはもう音も鳴らなくなっていますが、彼にとっては「自分の人生の一部」だと話してくれました。それがあることで、新しい環境でも少しだけ心が穏やかになるのだそうです。
 

3. ものは感情の代弁者

人がものを愛する理由には、感情の投影も大きく関係しています。

心理学では、私たちは物に「自分の感情」や「願い」を投影する傾向があると言われています。

例えば、ぬいぐるみに話しかけたり、古い日記を手に取りながら涙したりするのは、その物に自分自身の思いや感情を乗せているからです。

また、プレゼントや手紙など、他者から受け取ったものには、その人からの愛情や思いやりが込められていると感じることができます。それが、物をただの「物」ではなく「心をつなぐ存在」として愛する理由の一つです。
 

4. ものを通じて人とつながる

老人ホームで働く中で、私は「ものを愛すること」が人と人をつなげる役割も果たすことを実感しています。

入居者様が持ち込む品物には、家族や友人との思い出が詰まっています。その思い出を共有することで、私たち介護士と入居者様の間に深い絆が生まれることもあります。

例えば、ある女性の入居者様が「これは孫が初めて描いてくれた絵なの」と話してくれたとき、私はその絵を一緒に眺めながら、その女性の孫に対する深い愛情を感じ取りました。

その瞬間、私たちは「その絵」という物を通じて、一緒に心を通わせたように思います。
 

5. ものを愛することの力

人がものを愛する理由を考えると、それは単なる「ものを所有する」という行為ではないことがわかります。

それは、私たちの人生を彩り、感情を形にし、他者との絆を深める行為なのです。

介護士として働く中で、入居者様たちが愛するものを尊重し、その意味を理解しようと努めることは、私たちの仕事においても大切なことだと感じます。

愛するものが持つ力は、時として人生の苦しさを和らげ、人を笑顔にし、希望を与えるからです。
 

さいごに

「人はなぜものを愛するのか」という問いに対する答えは一つではありません。けれども、その背後には「記憶」「安心感」「感情」「つながり」といった人間の本質的な欲求があることは間違いありません。

もしこの記事を読んでいる方が、自分の身の回りにある「愛するもの」に目を向けることで、その中にどんな思いや記憶が詰まっているかを感じられたなら幸いです。

そして、それを大切にすることが、自分自身を大切にすることにもつながるのだと信じています。

最後までお読みいただきありがとうございます。

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