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異世界の街角から――運命の子
こんにちは、宵闇書房の読者の皆様。
今回は、「教団の片隅で生きる子供」という物語をお届けします。この作品は、孤独と希望、そして自由への渇望をテーマに、厳しい教団の中で育つ二人の子供、ミアとジョシュアの視点から描かれています。
さらに、2025年8月10日には、シリーズ本編「戦場で生きる傭兵と祈りを捧げる男」第一巻が発売予定です。墓太郎によるこの新作シリーズは、ファンタジーとヒューマンドラマが融合した壮大な物語となっています。ぜひ、お楽しみにしてください。
それでは、「教団の片隅で生きる子供」をお楽しみください。
暗い礼拝堂には無数の蝋燭が揺らめき、冷たい石壁をほの暗く照らしていた。香の煙が天井近くで渦を巻き、信徒たちは長いローブをまとい静かに祈りを捧げている。
その厳かな空気の中に、一人の小さな影が紛れていた。
ミアは教団に拾われた孤児だった。拾われた日、彼女の手には泥だらけの小さな人形が握られており、その瞳には怯えたような光が宿っていた。教団の者たちはミアを「運命の子」と呼び、特別な存在として扱っていたが、その重圧は計り知れなかった。
ミアは他の子供たちとほとんど交わらず、薄い毛布を肩にかけて祈りのふりをしながら、空想の世界に逃げ込んでいた。
教団の教義は厳格で、従順さと献身を求めるものだった。ミアは幼いながらも、その期待に応えようと努力していた。しかし、彼女の心は常に孤独と不安に満ちていた。夜になると、冷たい壁に寄り添いながら、彼女は自分の存在意義について考えることが増えていた。教団の信仰に疑問を抱きながらも、外の世界に対する恐怖心が彼女を縛りつけていた。
教団の敷地内には、子供たちが暮らす小さな部屋がいくつも並んでいた。ミアはその一角に身を寄せていたが、他の子供たちのように僅かばかりの自由時間にもはしゃぐことはかった。彼女はいつも一人、薄い毛布を肩にかけて祈りの言葉を呟くふりをしながら、自分だけの空想の世界に逃げ込んでいた。
朝になると、子供たちは厳しい監督のもと礼拝堂へと連れて行かれた。信徒たちの前で祈りを捧げ、教団の教義を暗唱する。声が響く礼拝堂の中で、ミアは緊張しながらも心を強く持とうと努めていた。それが終わると、子供たちは粗末な食事を受け取り、午後は教義を学ぶ時間に費やされた。ミアにとって、この生活はただの繰り返しであり、変化のない日々が続いていた。
ある日の午後、教義の授業が終わり、子供たちは自由時間に入った。ミアはいつものように誰も訪れない秘密の場所に向かおうとしたが、他の子供たちが楽しそうに話し合っているのを目にし、少しだけ羨ましく感じた。しかし、すぐにその気持ちは影に隠れ、再び一人の時間へと戻っていった。
「ミア、お祈りはきちんとしなさい」
監督役の女性が、彼女の背後から厳しい声で命じた。ミアは小さくうなずき、無表情のまま手を組む。しかし、その目は蝋燭の炎をじっと見つめ、心の中では自由への渇望が燃えていた。教団の生活は厳しく、個々の感情は抑え込まれていた。ミアはその中で、自分の居場所を見つけようと必死だった。
教団は、ミアが「神の声を聞く力」を持っていると信じていた。実際、彼女には不思議な直感があり、誰かが失くしたものを見つけたり、来るべき嵐を予測したりすることができた。その力を教団は利用し、信徒たちに「奇跡」を見せることで権威を保っていた。
だが、ミア自身には「神の声」など聞こえたことはなかった。彼女の力は、生まれつき備わった鋭い観察力と、ただの偶然にすぎなかった。それでも教団の者たちは、彼女に「運命」を演じるよう強要し続けた。ミアは時折、教団の期待に応えることに疲れ果て、自分の存在意義について深く考えるようになっていた。
ある日、教団の長老がミアに近づいた。
「ミア、お前の力をさらに磨くために、特別な訓練を始めよう」
長老の目には期待と信頼の光が宿っていた。しかし、ミアの心には疑問が渦巻いていた。本当に自分が特別なのか、それともただの偶然なのか。彼女は答えに窮しながらも、訓練を受けることを決意した。
訓練の日々は厳しく、ミアは血が滲むような努力を重ねた。毎日の祈り、瞑想、そして特殊な儀式を通じて、彼女はあるはずもない自分の力を高めようとした。心の中では常に自由を求める気持ちが燃えていた。彼女は自分の力をどう使えばいいのか、そして本当の自分は何者なのかを探し求めていた。特別であり続ければ、そこに価値があると信じていた。
ミアには、敷地内にひっそりと隠している秘密の場所があった。それは、古い納屋の裏手にある、小さな花壇だった場所だ。教団の者たちが気にも留めない場所で、何年も放置されて最初は荒れ果てていた。
今も、歌壇と地面の境目は草に埋もれた煉瓦と、腐った木の枠しかなかった。彼女は囲いの中だけは綺麗に整えて、拾った種を植え、育てていた。花壇には小さな青い花が咲き乱れており、それだけがミアの心を癒していた。青い花は彼女にとって、希望と自由の象徴だった。
ある日、彼女が花壇に向かうと、少年が立っていた。年はミアと同じくらいで、ぼろぼろのローブを着ている。彼の手には、彼女が育てた青い花が握られていた。ミアは驚きとともに、少し緊張した声で問いかけた。
「……それ」
少年は振り返り、少しだけ笑った。
「綺麗だね。こんな場所にこんなものがあるなんて、知らなかったよ」
「私が育てた花よ、返して」
その声には、初めて感情がこもっていた。少年は一瞬驚いたような表情を見せた後、申し訳なさそうに謝罪して、素直に花を返した。
花壇の隅に座り込むミアを見て、少年はそばに腰を下ろした。
「俺、ジョシュアっていうんだ。……ここでずっと暮らしてるの?」
「うん 」
ミアは小さく頷いた。
「嫌じゃないのか?」
彼女は花を手に取り、じっと見つめた。
「嫌だよ。でも、ここしかないから」
ジョシュアはその言葉に何も言えず、ただ空を見上げた。少し経ってから、ぽつりと呟いた。
「逃げられたら、逃げたい?」
その言葉に、ミアの心が大きく揺れた。逃げる。考えたこともなかった。教団の外には何があるのか、彼女にはわからなかったからだ。
「……わからない」
と答えた彼女の声は、小さく震えていた。ジョシュアはその反応に微笑みを浮かべ、再び空を見上げた。
「俺も同じだよ。教団の中で生きるって、時々辛い。自由って何かを考えると、胸が痛くなる。」
ミアはその言葉に少しだけ安心感を覚えた。彼女は初めて、同じような思いを抱える誰かがいることに気づいた。ジョシュアとの会話は、彼女にとって新しい希望の光となった。二人は自然と会話を重ね、少しずつ信頼を築いていった。ミアはジョシュアに、自分の秘密の場所や花壇について話し始めた。ジョシュアもまた、自分の過去や教団に対する疑問を打ち明けた。
その夜、ミアはいつものように礼拝堂で祈りのふりをしていたが、心の中ではジョシュアの言葉が反響していた。
「逃げられたら、逃げたい?」
その問いが、彼女の中に新たな感情を芽生えさせていた。教団の高い壁の向こうに広がる世界を想像し、初めて希望の光が宿り始めていた。
眠れぬ夜が続き、彼女は決意を固めた。翌朝、礼拝堂での祈りが終わると、ミアはジョシュアにそっと近づいた。
「ジョシュア、話があるの。」
ジョシュアは驚いたように彼女を見つめた。
「何だ?」
「私たち、一緒に逃げてみない?」
ミアの声は震えていたが、その目には強い意志が宿っていた。
ジョシュアは一瞬戸惑った後、真剣な表情で頷いた。
「いいよ。準備をしよう」
二人は秘密の場所で計画を練り、逃げるための準備を始めた。夜の帳が下りる頃、彼らは静かに教団の敷地を抜け出した。冷たい風が二人を包み込み、未知の世界への一歩が踏み出された。ミアの心には不安と希望が交錯していたが、ジョシュアと共に進むことで、新たな未来を切り開こうとしていた。
教団の高い壁を背にしながら、ミアは最後に礼拝堂を振り返った。あの無数のろうそくの光が、彼女の背中を照らしていた。ミアは深呼吸をし、ジョシュアの手をしっかりと握った。二人は互いに目を合わせ、未来への決意を新たにした。
「行こう、ジョシュア。自由を手に入れよう」
ミアの声には確かな決意が込められていた。
ジョシュアは微笑み、彼女の手を引いた。
「ああ、一緒に」
二人は静かに歩き出し、教団の敷地を後にした。彼らの背後には、閉ざされた世界が広がっていたが、前方には無限の可能性が待っていた。ミアの心には、新たな希望と自由への渇望が満ちていた。彼女はジョシュアと共に、未知の世界へと踏み出す勇気を持っていた。
彼女は曖昧に、だけども間違いなく運命の子であった。
後書き
「教団の片隅で生きる子供」をお読みいただき、ありがとうございます。
ミアとジョシュアの物語を通じて、私たちは閉ざされた環境からの解放と自己発見の重要性について考えることができました。彼らが経験する葛藤や成長が、読者の皆様にも共感と感動をもたらすことを願っています。
さらに、2025年8月10日には、墓太郎著「戦場で生きる傭兵と祈りを捧げる男」第一巻がシリーズ本編として発売予定です。宵闇書房からの新作をぜひお楽しみにしてください。
今後も宵闇書房では、多様なテーマと深い物語をお届けしてまいります。引き続きご愛読のほど、よろしくお願いいたします。