異世界の街角から:門番の矜持
前書き:霧の中に佇む門番の物語
異世界の街角には、物語が溢れています。そこに生きる人々の生活は、冒険者や英雄の輝かしい活躍とは異なる、静かで力強い日常です。今回お届けする物語は、霧深い街「風霧(かざぎり)」の門を守る門番たちの話です。
門番という仕事は地味ですが、街を守る上で重要な役割を果たしています。通行人の中に危険な者が紛れ込むことを許せば、街全体が脅威にさらされます。そんな彼らの日々を描いたのが、今回の短編「門番の矜持」です。
霧深い「風霧(かざぎり)の街」。一年中霧が絶えないこの地は、旅人や商人たちの中継地として賑わいを見せている。だが、街を守る門番たちにとって、その霧は一筋縄ではいかない厄介者だ。
朝の門
朝霧が立ち込める東門で、門番のエルダードは煙草をくゆらせていた。粗末な革鎧に刻まれた無数の傷跡が、彼の歩んできた歳月を物語る。目を細めて霧の向こうを睨むその姿は、険しくもどこか疲れていた。
「また煙草かよ、エルダードさん。これで何本目だ?」
若い門番のフィニウスが、片手にパンとスープの器を持ちながらやってきた。中肉中背でどこにでもいそうな顔。彼の緩い調子に、エルダードは軽く煙を吐き出しながら答えた。
「数える暇があったら早く来い。門を開ける準備くらい時間通りにしろ」
エルダードはかつて街の自警団にいた。ガラの悪い連中の間で揉め事に首を突っ込むのが日常だったが、その腕っぷしと胆力で、門番としての役割を果たしている。
「はいはい。ほら、朝飯。冷めちまったけど文句言わないでくれよ」
フィニウスはパンとスープを差し出した。エルダードは無造作にそれを受け取り、パンをちぎって口に放り込む。薄味のスープをすすりながら、目は相変わらず門の向こうをじっと見ていた。
霧の中の影
門を叩く音が響いた。霧の中からぼんやりと人影が浮かび上がる。エルダードは器を置き、立ち上がった。
「旅人だな?」
「さあね、見た目はそんな感じだけど」
フィニウスは呑気に答えたが、エルダードは警戒を解かなかった。その影は妙に揺れて見える。霧が歪ませているだけなのか、それとも――。
門を開けると、一人の男が現れた。肩には簡素な荷物、腰には剥げた鞘のナイフをぶら下げている。フードで顔を隠しているが、その立ち姿には違和感があった。
「どこの生まれだ?」
「南部の村だ。ただの旅人さ」
男の声は低く、かすれていたが震えはなかった。エルダードはじっと観察する。男の足元、荷物、所作――すべて普通に見えるが、どこか引っかかる。
「荷物を見せろ」
男は渋々と袋を差し出した。中には干し肉と水袋、小さなナイフ一本。それでもエルダードの目は男の手に注がれていた。無数の小さな傷跡――労働者や商人の手ではない。
「中に入れ。ただし、余計な真似はするな。街で目立つ奴は長く持たない」
門番の教え
旅人が街へ消えると、フィニウスが少し笑って肩をすくめた。
「毎回そんなに厳しくしなくてもいいんじゃないですか? あれ、普通の旅人っぽかったけど」
「お前の目にはそう見えただけだ」
エルダードは煙草をふかしながら答えた。その声には疲れと重みが混じっている。
「門番ってのはただ門を開け閉めする仕事じゃねえ。通していい奴と通しちゃいけねえ奴を見極める。それができなきゃ、街ごと危なくなる」
その言葉に、フィニウスは少し戸惑った顔をした。いつもぶっきらぼうなエルダードがこんな真面目なことを言うとは思っていなかったのだ。
「そうは言ってもさ、俺みたいな若造にはまだ無理っすよ」
「最初はそうだ。それでもいい。ただ、俺の背中を見て学べ」
その言葉に、フィニウスは小さく頷いた。門番という仕事の意味を少しずつ理解し始めている。
夜明け前の門番
夜が明けきらない頃、門は静寂に包まれていた。エルダードは煙草の火を消し、詰所の椅子に腰を下ろした。フィニウスは隅で寝息を立てている。
エルダードはふと、旅人の背中を思い出した。街の中で何事もなく過ごしているのか、それとも――。
「まあ、どう生きるかはあいつ次第だ」
小さく呟くと、彼はまた霧の向こうに目を凝らした。誰かが街を守らなければ、この場所は立ち行かなくなる。彼の務めは、その「誰か」になることだった。
霧の中でまたぼんやりと人影が見え始める。エルダードは煙草を手に取り、いつものように見張りを続けるのだった。
後書き:門番が教える「責任」とは
門番の仕事は、ただ門を開け閉めするだけではありません。そこには街全体を守るという重責が伴います。若手門番フィニウスとベテラン門番エルダードのやり取りは、世代を超えた価値観の共有や責任の重さを象徴しています。読者の皆さんにも、「責任を持つことの意味」を少しでも感じてもらえたら幸いです。
「異世界の街角から」の魅力とは?
このシリーズでは、異世界の日常を切り取った短編を毎回お届けしています。英雄譚や冒険活劇ではなく、異世界の住人たちがどう生きているのか――その視点で物語を描いています。
「門番の矜持」は、特に門番の仕事にスポットを当てましたが、これからのエピソードでも様々な職業や立場の人々の日常を描いていきます。異世界のリアルな生活に触れることで、まるでその場にいるような感覚を味わえるはずです。
「異世界の街角から」を読んでみませんか?
連載中の短編小説シリーズ「異世界の街角から」は、毎日更新でnoteに掲載中です。このシリーズを手掛ける墓太郎は、異世界ファンタジーを得意とする作家であり、独特の文体で日常に潜むドラマを描き出します。
シリーズのテーマは「異世界の日常」。大きな事件ではなく、日々の生活の中で生まれる小さな物語に焦点を当てています。
ぜひ、あなたも異世界の街角を訪れてみてください。