【毎日連載】異世界の街角からDay2
こんばんは。宵闇書房 編集部です。
異世界ファンタジーと言えば、壮大な冒険や激しい戦闘が思い浮かびますが、その裏側で日々を懸命に生きる人々の生活にも目を向けてみませんか?
「異世界の街角から」は、そんな異世界の片隅で繰り広げられる日常を覗き見る掌編シリーズです。今日お届けするのは、森の奥深くにひっそりと佇むオークの集落。彼らは神を見捨てられた存在とされながらも、祈り続ける理由を胸に秘めて生きています。
雨の匂いが漂う森の中、若きオークと老戦士が交わした言葉を、ぜひあなたも感じてみてください。
異世界の街角から:オークの集落
雨の匂いがする森の奥。
誰も地図に記さない場所に、その集落はあった。
オークたちはそこで、静かに生きていた。彼らの家々は粗末な木材と土で作られ、森の一部に溶け込むように並んでいる。集落をよく知る者でなければ、木々の影に紛れ、存在すら気付かれることはないだろう。
一見して粗野で鈍重に見える彼らだったが、手先は以外にも器用で、集落の中央にある広場には丁寧に彫刻された石像がいくつも置かれていた。それらは、かつて崇めていた「神々」の姿を模しているという。
もっとも、オークたちの間ではこう言われていた。
「神々は我らを見捨てた。だが、祈りは忘れるべきではない」
今にも雨が降り始めそうな中、若いオークの男が石像を見つめていた。彼の名はドルム。まだ若く、戦士としての訓練を始めたばかりだが、その目には、幼い頃から抱き続けてきた疑問が宿っていた。
「本当に、祈る意味なんてあるのか?」
ドルムは低く呟いた。
誰にも届かない小さな声だった。
石像を見上げる彼の隣に、一人の老人が並んだ。その大柄な体躯は年老いてなおたくましく、全身に刻まれた傷跡が、かつての激しい戦いを物語っている。
「ドルム、何を見ている」
老人が問いかけた。
その声は深く低いが、どこか柔らかさを含み、ドルクは自然と視線を移した。
「この像です、ヴェルディ爺さん。亜人の神だとか言いますけど……本当にいるんですかね。俺たちはこんなにも追い詰められてるのに」
ドルムの言葉に、ヴェルディ老は目を細め、像を見上げた。雨粒が石像を濡らし、つややかな表面に光を反射させている。
ドルムもまた、つられるように視線を戻した。
「そうだな……確かにこの神は、救いもしなければ、応えすらもしない」
ヴェルディ老は静かに答えた。
その言葉に、ドルムは驚いて再び顔を向ける。
「じゃあ、何故?」
「祈りとはな、ドルム。誰かに聞かせるためのものではない。己が迷わぬための灯火だ。船を迎える灯台と同じなんだ」
ヴェルディ老はゆっくりと屈み、石像の台座に手を当てた。その手は太く、今なお力強さを感じさせるが、どこか震えているようにも見えた。
「昔な、この集落がもっと小さかった頃、儂らは人間の襲撃に遭った。お前も少しくらいは聞いたことがあるだろう」
ドルムは口を閉ざし、じっと耳を傾けた。老人の言葉には、過去を生き延びた者だけが持つ重みがあった。
「そのとき、儂らは神に祈った。どうかこの試練を乗り越えられる力を、とな。だが、神は何もしなかった」
「……じゃあ、やっぱり意味なんて」
ドルムが言いかけたとき、ヴェルディ老は微笑んだ。その表情は、どこか達観したような、穏やかなものだった。
「それでも、祈り続ける中で儂らは気づいた。神が動かないなら、自分たちが動くしかない。我々の足に鎖はついていないと」
ヴェルディ老は空を見上げた。
灰色の空には、一筋の光も見えない。
「祈りは自らの心に灯をともすものだ。神のためじゃない、自分たちが進むためのものだ」
その言葉に、ドルムは何かを言おうとしたが、口を閉じたままだった。彼の目が再び石像に向く。雨に濡れる像は、まるで静かに見守っているようにも見えた。
「ドルム、我々オークは強い。力も、種族としても。……だが、強さとはなんだ? それだけのものか?」
ドルムは黙って考え込み、老人の隣に座り込んだ。
ぽつぽつと雨が降り出す中、二人はしばらく石像を見つめていた。
神を失っても、なお、祈り続ける者たちの静かな背中だった。
宵闇書房公式連載:墓太郎の『異世界の街角から』シリーズ
異世界の片隅で生きる人々の日常を切り取った短編掌編。 noteで毎日連載中!
「オークの集落」を含む、異世界の豊かな文化と生活の断片をぜひお楽しみください。
次回更新SSは「幼少期のヴァルターと暖炉と母親」
あなたの日常に、新たな物語の灯を。
コメントや感想も大歓迎です!読者の声が次の物語を紡ぎます。