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【異世界神話】月の神が失われた理由──太陽の神との決別の物語

毎日連載【異世界の街角から】


前書き:異世界に息づく神々の物語

異世界における神話は、その社会や文化の深い部分を映し出します。今回の「異世界の街角から」では、人間を創り出した太陽の神「ソーラ」と、亜人を生み出した月の神「ルナス」の対立を描いた物語をご紹介します。

この神話は、長編小説「戦場に生きる傭兵と祈る男」とも繋がるテーマの一端を担っています。主人公ヴァルターが旅の中で見る異世界の人々。
その背景にある神々の物語を少しだけ垣間見てみませんか?




暗い室内、無数の蝋燭がぼんやりと光を放っている。
リュートのような楽器を抱えた亜人の語り部が舞台の中央に立つと、低く抑えた声が広間全体に響き渡った。
聴衆の多くは獣人の若者たちだが、その中に混じる人間の顔もちらほらと見える。
獣人の伴侶だろうか。幼子を抱えている者もいた。
彼の語りが始まると、蝋燭の光が不自然にゆらりと揺れたような気がした。

「遥か昔、夜と昼がまだ分かたれていなかった頃。この大地には二柱の神が共に歩んでいた」

語り部は低く調子を整えながら、弦を弾く。その音色は、固く閉じられた門がゆっくりと開いていくのにも似た、重い音だった。

「女神の名はソーラ。人間を創り出した太陽の神であり姉。そして、男神の名はルナス。ソーラの弟にして、亜人を生み出した月の神。二柱は共にこの大地を照らし、人間と亜人が肩を並べて暮らせるようにと願った」

若者の中からざわめきが漏れた。現実の世界では人間と亜人が平等に扱われることなどほとんどないからだ。語り部はその反応を楽しむように口元を緩め、さらに話を続けた。

「だが、時は残酷なものだ。やがてソーラは人間たちの祈りを受ける中で、彼らの欲望と傲慢に惹かれていった。人間たちは次第に、亜人を見下し、ルナスの加護を否定するようになったのだ」

蝋燭の火がひとつ、ふっと消えた。語り部は弦をもう一度軽く弾く。静寂が広間を包む中、彼の声だけが鮮明に響いた。

「亜人たちがいくら祈りを捧げても、その声は届かなかった。ソーラは光を分け与えることをやめ、ルナスに背を向けたのだ。そして、こう言い放った。『弱き者に光は不要だ。強き人間がこの世界を導くべきだ』と」

聴衆の中で息を呑む音が聞こえた。誰もがその言葉の重さを感じていた。

「弟のルナスは悲しみと怒りを抱え、静かに答えた。『ならば私は、光が届かぬ夜を守ろう。そこに住まう全ての命のために』と」

リュートの旋律が一層深みを増し、舞台の蝋燭の火が再び揺れる。若者たちは語り部の一挙一動に引き込まれていた。

「こうして二柱の神は袂を分かった。ソーラは昼を支配し、人間たちの祈りを受けた。人間は数を増やし続け、争いを止められなくなった。一方で、ルナスは夜に身を潜め、月の光と共に亜人たちを見守り続けたのだ」

語り部は静かに弦を止め、少しの間、言葉を切った。沈黙が場を支配する。

「けれども……夜の祈りだけでは神を神たらしめるには足りぬ。時と共に亜人は数を減らしたからだ。ルナスは次第に力を失い、その姿を隠すようになった。それでも夜空に浮かぶ月が、亜人たちの道を照らしているのなら、それはきっと彼の意志が僅かでも残っているからだろう」

語り部は最後の一音を爪弾き、蝋燭の火が一斉に揺らめいた。そして、ひとつまたひとつと火が消えていき、広間は暗闇に包まれる。

「この神話が真実かどうか、それは誰にも分からない。ただ、月を見上げた時、彼の微かな光が道を示していると信じられるなら……祈る理由としては十分なのかもしれない」

暗闇の中、獣人の若者たちの間に低いざわめきが起きた。語り部は舞台を降り、広間の出口へと歩き出す。その背中は静かで力強く、彼がルナスの加護を信じる者であることを物語っているようだった。


この神話は、異世界の片隅で信じ続けられている物語の一つ。
ルナスの微かな光が、今も夜を生きる者たちを見守り続けているのだろう。


異世界の街角から:神話が語るもの

この物語は、神々の愛憎と、異種族間の軋轢がいかにして生まれたかを象徴的に描いたものです。夜の祈りでは足りず、次第に力を失っていく月の神ルナス。しかし、それでも夜空に浮かぶ月が微かな光を放つのなら、その意志は今も夜を生きる者たちを守り続けているのでしょう。

本作「異世界の街角から」シリーズは、異世界の文化や日常、歴史を短編として紡ぎ、読者の皆さまに新たな視点を提供します。


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第1巻発売日:2025年8月10日(価格未定)
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