いのちの責任
お腹に新たな命が宿りました。
結婚に向けて準備を進めるという段階で、
わたしの両親に『ごあいさつ』をしに来なさいと言われ、彼に行かないと行けないみたいとお話しました。
わたしの彼は、
「前回実家に行った。
なぜもう一度行かなければいけないのか。
お前の親は何様だ」
と主張。
そもそも、なのだが。
前回ご挨拶したと思っているのは彼だけ。
周りに伝わっていないご挨拶など何の意味もないと思うのはわたしだけ?
結果ご挨拶になってないんなら、もう一度行かざるを得ないと思いますが、間違いですか?
あいさつは行きたくない。めんどくさい。
その気持ちはわからなくもない。
が、
実際に、頑なに行きませんと言われると、どういう神経しているのか疑ってしまう。
【責任をとれ】というところなのだが、
別にわたしは結婚することが責任とは思っていない。
挨拶に行き、結婚して一緒に子供を育てるのも責任だが、
子供ができないように努めるのも責任。
その責任がとれず、
子供ができてしまって、挨拶に行きたくないのであれば、どこで責任をとるのか。
おろす選択肢でもよいが、
おろすとしたら自分で殺せと言いたい。
わたしは、おろしてもらうことに対する覚悟、責任は、自分の手で赤ちゃんを殺められるのかというところだと考える。
わたしのお腹を何発か本気で殴れば多かれ少なかれ影響はあるだろう。
ただ、殴れもしない覚悟の奴が、結婚の挨拶に行きたくないとぬかし、挨拶に行かなきゃいけないくらいなら別れると言い出し、しまいにはやかましいと言い出す始末。
責任を押し付けるつもりはないが、ここまで精神年齢が乏しいのもどうかと思う。