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あいさつ②

「さて、このあと入学式の準備です」

と先生が話し始めた。


6年生の始業式は慌ただしい。

あいさつもそこそこに、早速今度入ってくる1年生のための入学式の準備を手伝わされる。

つい先月は前の6年生の卒業式の準備もやらされた。
問題だらけのわたしたちの学年にしては、
がんばった方だとは思うけど、
それでも先生たちは焦っているのかよく怒鳴られたし、
そうでなくてもマジメとは縁の遠い子たちはダラダラやるので時間ばかりかかった覚えがある。


どんな仕事分担になるのかな、
と聞こうと思ったら、先生が口にしたのは

「みんな早く帰りたい?」

だった。

そりゃもちろん、と、みんなうなずく。
何が楽しくて、入学式準備のような作業をしていたいものか。

「じゃあ、特別な言葉を教えよう」

なんだなんだ、また何か呪文でも教えてくれるのか。

すると先生はひと言、

「゛何かすることありませんか?゛」

え?

「僕がステージの上にいるから。
 何していいか分かんなくなったり、
 ヒマだなーと思ったらおいで。
 やること教えるから」

へー。そうか。
先生のとこにいけばいいんだ。

それだけ言うと、先生はあとは黒板に分担を書いて、
わたしたちを体育館へと連れて行った。


体育館で作業が始まった。

まずはパイプ椅子を出すところからだ。

気が付けば、
他の学年の先生たちも続々と現れてやり始めている。

椅子を並べたり、長テーブルを出したり、
いろんな作業を先生たちも一緒にやる。

パッパッパッと作業が進んでいくので、
仕事によってはもう終わり始めているとこもある。

今までなら、そろそろウロウロし始めるころだ。

あーあ、いつも通りふざけが始まる、と思ったその時

「仕事終わった人!」

と呼びかけるマイクの声がステージの方から響いた。

「おっ、早いね。ステージに来て!」

小松田先生だ。
他の先生たちは一生懸命子どもたちと働いているのに、
先生はひとりステージの上でマイク持って、
のんびり(?)と立っている。

すると続々と先生のもとに子どもたちが集まりだす。
そして先生がどこか声をかけながら指さすと
「ハイっ!」と言って、そこへ向かって駆け出していく。

全然ちがう。

先生は大声も出さない。怒鳴りもしない。
あっちお願い、こっち頼お願いと指示を出すだけ。
マイクを使うときは、穏やかに話しかける。

ただ、わたしたちに一瞬たりとも遊ぶスキを与えない。

先生はひとり、オーケストラの指揮者のようにステージの上からタクトを振っているのだった。

ついに頼む仕事がなくなってきたと思ったら、
いつのまにか終わった子たちがステージの下に座っている。

なるほどあそこなら邪魔にならない。

わたしもやることがなくなったので先生のとこへ行って
「何かすることありませんか」
と口にしてみると、先生はニコッと笑って

「ありがとう。
 来た順に4人ずつならんで座って」と言った。

いつのまにかクラスごとに整列したかのようにみな座っている。なるほど、来た順なら、背の順など考えなくてもすぐ座れる。


やがて先生が声を発した。

「6年生のみなさん」

みんなが先生のほうへ顔を向ける。

「時計を見てください」

一斉にみんなの顔が斜め上の壁時計へ向く。

「11時です。
 予定より20分も早く終わりました。
 すごい! 拍手!!」

わぁっとみんな笑顔がこぼれ、拍手に体育館は包まれる。

 これで早く帰れるし、ほめられたし。

 毎年叱られてばかりの自分たちとは思えない展開だ。


 さあ、あとはあいさつして終わりだと思ったそのとき、
 小松田先生がまた出てきた。

「あのさ、お願いがあるんだけれど・・」

なになに?今度は何?

「さようならって言ったらさ、
 そのあと合図するから僕とジャンケンして!」

へっ?ジャンケン?

「運試し。僕に勝ったら、その人は今日ラッキーな人です」

と言い出す。

おもしろそう。

1組の子が代表してあいさつの掛け声を出す。

「さよーならっ。」

それと同時に先生が
「さようならっ。最初はグーッ!」
とジャンケンの構えをする。

つられて私たちも腕を振り上げる。

「ジャン! ケン! ポーンっ!」

わぁーっという地響きのような歓声が体育館中に広がる。

作業中の先生たちも手を止めてこちらを振り向く。

何だかよく分からないけど、
わたしたちは、はしゃぎながら体育館から走り去っていった。

嵐のような目まぐるしい一日だった。
今朝の沈んだ気持ちが吹き飛ばされるほどの。


そして先生が出したのはパー、

わたしが出したのはチョキ、

そう、まちがいなく今日のわたしはラッキーだった。





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