
ここは舞台
誰の席の隣になるか、
これは子どもにとっては一大事なことだ。
一緒になりたいと思うほどの相手はいないけれど、
できれば来てほしくない相手はいる。
人によっては露骨に嫌がって、
机をくっつけず離す人もいる。
先生に「机をつけなさい」と言われると
わざわざ1ミリくらい離すツワモノもいる。
そういうのを嫌って、
一人ずつの席にバラバラにするクラスもある。
ただ6年生ともなると机は大きくなるし、
おまけにわたしたちの学年は今どき珍しく大人数で、
1クラスに39名くらいいたもんだから、
うしろまでびっしり机が並んで、
息がつまるくらいぎゅうぎゅう詰めだった。
しかし、わたしのクラスは違った。
机がずらっと横にくっついて並んでいるのだ。
左右に5つずつ机がくっついている。
何なんだ、これは。
先生いわく、
「大学になるとね、
こういうふうな長ーい机に並んで座るの。
というわけでキャンパス方式」
そして黒板に座席配置の図を描き、
5つ並んだところをぐるっと囲み、
「横5人でひとつのグループだよ」
と言う。そう言われてお互い両隣を見渡す。
さらに、真ん中の通路をはさんで、
横1列を別の色のチョークで囲み
「この10人で、ひとつのグループ。
そうじも給食当番もこのメンバーでやります」
と。なるほど、縦じゃなく、横のまとまりなのか。
それにしても両隣がっちり押さえられていると、
これならイヤでも机を離しようがない。
まあ誰かとのペアという感じはなくなったけれど。
「なんでこんなヘンな席なの」
と誰かが聞いた。
すると先生は突然ものすごくびっくりした顔をして
「なんか、声が聞こえた気がするんだけど」
と言い出した。
いや今言ったじゃん、先生。耳が遠いの?
そのわけはすぐわかった。
「おかしいな。誰も手を挙げていないのに、声がする」
みんな、ああーっと納得した。
勝手にしゃべりだすな、ということか。
先生は話し始めた。
「あのね、どーでもいい話しているときならいいけど、
授業のように大事な話をしているときは、
ちゃんと手を挙げてから話してね」
やっぱり、そういうことか。
それで改めてその子が手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「どうして、こんなふうに机が並んでいるんですか」
プッと私は心の中で吹き出す。
いつのまにか話し方まで変わっている。
「いい質問だね。理由は2つです。
1つ目は、教室を広く使いたいからです。
この形だと、横4列になるでしょう。後ろを見てごらん」
みんな一斉に後ろを振り向く。
そこには広々と空いたスペースが広がっていた。
「ね、広いでしょう。
僕はせまっ苦しいのが苦手なんだ、息がつまりそうで」
そうか。なんかこの教室にやってきて、
なんかひろびろーっとした感じがしたのは、
そのせいだったのか。
「それからもう一つの理由は、気持ちの問題です。」
気持ち?何の気持ち?
「たてに長く並ぶと、一番後ろの人は、
僕から遠く離れてしまうでしょう。
遠くに離れただけ、心の距離も離れてしまうんだよ。
それじゃさみしいじゃん」
心の距離なんてあるのだろうか。
でもわたしは一つの情景を思い出していた。
1年生の時のことだ。
入学したばかりのころのわたしの席は、
窓側の一番後ろだった。
幼稚園と違って学校というものは、
何か堅苦しい雰囲気があった上に、
他の子と違って自分から先生に声をかける子でもなかったわたしにとって、先生は遠い彼方の存在だった。
なるほど、今もわたしは一番後ろの列だけれど、
前から4つ目なのでそこまで遠くは感じない。
しかも先生はなぜか教卓の前に立ってばかり話すので、なおさらだ。
「だから」
と、先生は言い始めた。
「なるべく邪魔なものは、取っ払いたいんだよ」
と、教卓をポンポン叩いたかと思うと、
いきなり教卓をすみっこに動かし、
さらにオルガンも同じように壁際に押し下げた。
「さ、これでОK」
教室の後ろのように、広々となった黒板の前。
すると先生は突然腕を振りかざし、
「ここは舞台、わたしは女優!」
と叫んだ。
みんなポカーンである。
そのままスタタタと駆け出したかと思うと
「わたしは~、きみたちとぉ~♪」と歌いだした。
みんなギャーっとか、ひいーっと叫ぶ。
こらえられず、笑いながら耳をふさぐ人もいる。
「なんだみんな、失礼なぁー!」
と先生が芝居がかった口調で言う。
「だってひどいんだもーん!」
とみんながひやかす。
「そうか・・・」
と先生ががっくり頭を下げ、肩を落とす。
あやっ、と思った瞬間、ふたたび先生は顔を上げ
「それでもぉぉ、わたぁーしは~、まけなぁぁぁいー♪」
とさらに声を張り上げて歌いだした。
みな笑い転げながら思った。
音楽はダメだな。