あいさつ①
教室に戻った。
誰も音ひとつ立てない。
そこには異様な緊張感と、そして期待があった。
「ミッションは実行したかな?」
先生が口を開いた。みな、うなずく。
「そうか、ひとつめはクリアしたというわけか」
「それ、先生が作ったんですか」
と誰かが黒板に貼りだされた挑戦状を指さして言った。
先生はその紙をはがしながら、
「うん。面白かった?」
と笑った。
「さて」
ひと呼吸おいて、先生が口を開いた。
「伝えておきたいことが2つあります」
するとチョークを取り出し、
おもむろに先生は一つの言葉を書き始めた。
゛主人公は自分゛
「君たちの人生の主人公は、
ほかの誰でもない、君自身です。
だから今どうすればいいのか、
何をしなくてはならないのか、
先生でも親でも誰でもない、君が考えて決めてほしい」
みんな戸惑った。
わたしが主人公?ピンとこない。
確かにわたしの人生はわたしのものなんだろうけど。
毎日何となくそのまま過ごしている。
それが本当。
熱いまなざしの先生とは対照的に、
ぼんやりとしているわたしたちの顔を見て、
先生はちょっと切なそうに微笑んだ。
先生は続いて
「僕がこれだけは絶対許さないことを教えるね」と、
また黒板に字を書き始めた。
いじめ?差別?暴力?頭に言葉がよぎる。
そこにはたった四文字の言葉が書かれてあった。
゛傷つける゛
そして先生はその言葉をチョークで大きく×でつぶした。
「誰かを傷つけること、
そして自分を傷つけること、
それだけは僕は絶対に許さない。
もし傷つけることがあったら、そのときは全力で叱る」
静まり返ったクラス。
でも多くの人が思っていたはず。
この人は知っている。
わたしたちの学年がいじめや暴力であふれていることを。
毎日のように傷つけあっていることを。
でも、ひとつ引っかかったのは、
「自分を傷つけること」
という言葉だった。
自分で自分を?そんな人いるかな?
何にせよ、何となくどちらの言葉も心に残った。
短い言葉だし、字で書かれていたからだろうか。
すると先生は
「ついでに言っておくけど、僕が叱るとき合図するから」
と話し始めた。
合図?
みんな怪訝な顔をする。
「゛今から熱く語ります゛
って言ったら、叱るって合図だよ。
そんときは話聞いてね」
聞いてねって、
いやいや、軽く言うなあ。
わたしたちは叱られているわけでもなかったのに
いつのまにか緊張していたようで、
そこでひとつ息を吐いた。