行列のできないクラス
背の順。
これまた不合理なシステム。
だって、人間は日々成長している生き物なのだ。
ランキングのように、背の高さだって入れ替わる。
俺の身長だって伸びる。
たとえ1㍉単位だろうと、
後ろのやつを抜いたときもある。
それなのに背の順は一度決められたら半年はそのままで、
その間に抜いた奴にまた抜かれて、
結局俺は先頭のままということになる。
おまけに整列させられて集会やら遠足に行くときは、
目の前には先生がいるものだから、
後ろのやつらみたいに気楽におしゃべりもできないのだ。
今年も背の順の季節がやってきた。
発育測定で身長を調べられた後、
背の順も決められるのがお決まりだ。
ところで発育測定のときのことだが、
うちの小松田先生がまたヘンなことを言ってきた。
「あのな、
僕は耳が悪いんだ」
そうなの?
目も悪い、口も悪い、顔も悪いと自分で言ってる先生だが、
耳も悪いとはね。
「昔な、
先生になった初めての年の運動会でな、
ピストル係になったんよ。
ほいでな、アホやっんたよねえ、
何も考えず最初の1発目をな、
自分の耳のそばで撃ったんよ。
バーン!!てな、えらい音が炸裂してな。
それ以来、右耳の聞こえが悪いんよ」
みんな自分が撃たれたみたいな、
うひゃーという顔をして先生を見ている。
「ほいだから、
発育測定みたいなときに、
君たちにおしゃべりされると聞こえづらいんだ。
それだからお願いなんだけど、
黙っててね」
5秒と黙っていられない俺たちが、
保健室で黙っていられたのは、
先生のこのヘンなお願いのためだったのだろう。
終わって戻ってきてから先生が喜んで
「みんなのおかげで助かったよ。
☆ひとつ!」
と、例のキラキラタイムのための☆マークを小黒板に書いてくれた。まさかこれも先生の仕掛けだったとは、あとあとになるまで気づかなかった。だって先生は、両耳ともばっちり聞こえていたのだから。
話がそれた。
背の順のことだ。
それで身長を測定して、それを使って整列させられるのだろうなと思っていたら、違った。
「そげなことはしない」
じゃあ、どうするんだよ、小松田先生。
「来た順にならべばいい」
ええっ。それでいいの?
「じゃあ、背の順でならぶ理由を教えてよ」
いやいや、それは先生が教えるもんでしょ。
「ほらね、よくわかんないでしょ。
あのねえ、よくわかりもせずに、
先生が言うからとか、
おうちの人が言っているからとか、
みんなが言っているとか、
それが当たり前とか、
そんなんで生きてたら危ないよ。
何となくみんなに付いていったら、
その先が崖でした、ってこともあるんだから」
出た、先生の熱い話。
これは長くなりそうだと身構えると、
先生の方もヤバいヤバいと気づいたのか、おでこを叩き
「じゃあ、整列って何のためにあるか教えて進ぜよう」
と、大見得を切ってきた。
「整列はね、゛命を守るため゛にあるんだよ」
命!?また大きく出たな。
先生はしめしめという顔をして俺たちを見る。
「地震だの火事だの災害が起きたときに、
みんながバラバラに集まっていたら、
どこかで倒れている人がいても、
うっかり確認されずに見過ごされる危険性がある。
整列していれば、
すばやく確認ができて、すぐ救助に行ける。
ね、命を守ることになるだろう?」
俺たちはうなずく、
でも、気になったことがあったので俺は手を挙げた。
「けどさ、来た順で並んでいたら、
毎回並び方が変わるから、
誰がいるかいないか、わかりにくくない?」
小松田先生は手を打ち、
「いいところに気がついた!さすがコーキくん!」
と褒めてくれる。
「そうなんだよ。
だから普段は来た順でいいんだけど、
そういうイザという時だけは、
決まった順番で並んでもらう」
ほら、背の順だろうと俺が思うと、
「出席番号順」
と先生は名簿を取り出して言った。
「避難するときは、先生たちはこれを持って逃げるから。
君たちが出席番号順に並んでくれると確認しやすい。
君たちも、自分の番号は覚えているはずだから、
慌てていても、番号順になら並べるでしょ。」
というわけで俺たちは、
そのあと出席番号順に並ぶ練習をした。
生まれて初めて列の先頭から外れ、
俺はほぼ真ん中の位置に並ぶことになった。
妙な気分。
整列にまつわる話は、これで終わりではない。
まず体育の時間。
今までのように整列がないものだから、
俺たちは校庭にバラバラに立っている。
わいわいガヤガヤ。
そこに小松田先生が走ってきてひと言。
「体操します。
両手を広げて」
みんな両手を広げて、
当然のことだが、ぶつからないように離れる。
それを確認した先生は、
「それじゃラジオ体操しまーす。
チャンチャカチャカチャカ♪チャンチャカチャカチャカ♪
チャカチャカチャカ、チャンチャンチャン、はいっ」
と、自分でひどいBGMを唱えながら体操を始めた。
こんなものである。
いい加減なものだが、
先生は体操そのものには厳しく、
「指先まで力を入れて伸ばす!」
「腕はまっすぐ伸ばす!」
など、うるさかった。
さて体操が終わる。
ここから先生の説明だ。
どうするかと言うと・・・
「はいっ。
それじゃあ僕の前、
半径1メートルまで近づいて」
みんな一斉に、先生の前に集まる。
ぐじゃぐじゃに集まっているが、先生は気にせず
みんなに座るように促し、
先生まで座った。
「きれいに整列させるのに時間をかけるのは無駄だし、
縦長に並ばれると、後ろの子と気持ちが離れるし。
それなら、こうやって集まって話を聞いてもらう方が、
手っ取り早くていいじゃん」
おまけに背の高い先生が座ってくれると、
顔を上げて話を聞かずに済む。目が合わせやすい。
お次は朝会のときのことだ。
四月のある朝、
教室に入ってきたら、黒板にデカデカと
「 朝会です 8:25 体育館集合 」
と書いてあった。
いつもの朝のごとく、
小松田先生はもう教室に来ていて、俺たちを迎えている。
集合って、
みんなで並んで行くんじゃないの?と思っていたら、
他の連中も同じことを思っていたらしく、
先生に尋ねていた。
小松田先生はわざとらしく驚いて
「ええ!?自分で体育館に行けないの?」
なんて言ってきた。
体育館の場所知っているよね?なんて、言ってくる。
「ほんなら、勝手に行けばいいじゃん。
集まる場所と時刻は知っているんだし。
並んで行く必要ないじゃん。
見学ツアーじゃあるまいし」
あとで知ったのだが、
小松田先生はツアー旅行も嫌いらしく、
「好きなときに、好きなように見回る方が楽しい」
というのが先生の旅行スタイルらしかった。
いや、そんなことは、どうでもいい。
そんなわけで他のクラスが廊下で整列にいそしんでいる中、
俺たちのクラスは友達同士、数名ずつで、てんでバラバラ、
勝手に体育館へ移動した。
ちなみに先生は、いつの間にか先回りして
(廊下を走っていったんじゃないかというウワサ)
体育館で俺たちを待ち受けていた。
そして来た順に座っていく。
友達同士で来ているのでおしゃべりし続けているが、
先生は一向にお構いなし。
笑ってしまうのだが、
こんな勝手なことをやっているのに、
体育館に一番早く集合したのは俺たちのクラスで、
整列に時間がかかった他のクラスの方が遅れてやってくるというありさまだった。
朝会から戻ってきて、小松田先生が言うことには、
「あのな、
体育館ぐらい自分たちで行けるだろ。
この先、君たちはいろんなことを自分で決めて
やらなきゃいけなくなる。
いつまでも先生の後ろについていくわけには
いかないんだよ。
それとも何か?
大人になっても、僕とずっと一緒にいたいか?
遊園地に遊びに行くときも、デートするときも、
僕についてきてほしいか?」
みんな思い切り首を横に振る。
「そうだろ?
その点、君たちは大したもんだ。
約束の時間は守ったし、
黙って相手の話は聞けたし。
星2つです!!
あ、星が3つたまった。キラキラタイムだな、こりゃ」
歓声がクラスから湧き起り、
その日の6時間目、
俺たちは整列もせず、校庭ではしゃぎまわったのだった。