見出し画像

もぐもぐタイム

「僕はね、5分でメシを食べちゃうんだ」

と先生が語り始めた。


新学期になって、まもなく最初の給食という4時間目。

「はやっ」

と、本人も早食いのユージがさけぶ。

「クセなんだよ。僕が中学生の時、クラスが荒れててさ。   
 給食当番はめんどくさがって誰も運んでこないし、
 他の連中はふざけて走り回ったり、
 おしゃべりしていたりしてさ。
 誰もまともに準備しないから、遅れに遅れて
 いただきますから、ごちそうさま、まで、
 5分くらいしか時間がなかったんだよ。
 それに慣れちゃって、それからいつでも5分で食べるよう 
 になったんだ」

何となくわかる。

 さすがに5分とまではいかないけど、
 今までのわたしたちも給食になると騒ぎに騒いで、
 ちっとも準備は進まなかったし、
 班の全員がそろわないから日直に呼んでもらえず、
 給食を取りに行けなかったし、
 おまけに40人近い人数だから行列ができて、
 配膳するのも時間がかかったし、
 そんなこんなで食べる時間が短いのは日常茶飯事だった。

 ついでに言うなら3年生のころ、あまりにうるさいので
 担任の先生に「最初の10分間は黙って食べなさい」と言われて、お通夜のように無言で食べさせられたこともある。


「それでさ」

と先生は語り始めた。

「僕は、食事はゆっくり、楽しく食べたいんだよね。」

 本当に?
 で、どうするの?

「まずね、給食当番は着替えながら各自給食室に集合」

「並んでいかないの?」

「並ぶ時間がムダ。
 準備できた人から来て。
 来たらどんどん渡していくから 」

そうなんだよなあ。
ひとりでも準備が遅い子や、
ふざけた子がいると、それだけで遅れるもんな。


「次に、給食は手洗い終わった人から取りに行って」

「え、班ごとじゃないの?」

「そう、個人で。」

これならずーっと待たされ続けることもない。


「それから分けるのは自分でね」

「給食当番は?」

「運ぶのと片付けが仕事だよ」

「好きなだけ取っていいの!?」

「バイキング方式さ。
 ただし、後の人の分は考えて取れよ。
 それと嫌いなやつもひと口は食べてよ」

「でもそれってビョードーじゃないんじゃない?」

「同じことさせられるのが平等だとは僕は思わないけどな。
 レストランで食べるとき、
 ゛平等に゛
 嫌いなものを食べるかい?」

みんな笑いながら首を振る。


こうして給食が始まった。

結果は一目瞭然だった。

「時計を見てごらん」

先生がいただきますの直前に呼びかけた。

今まで20分近くかかっていた準備が、
10分かからなくなったのだ。

わいわいガヤガヤは今までのようにしている。

でもそれは目的のために動いているからであって、

ふざけているわけじゃないから、いいのだ。

そして線セスが
「みんな、大したもんだ」
と褒めてくれる。


「いただきます!」

の声とともに食事が始まる。

にぎやかな声でクラスが包まれる。
先生は特に注意しない。

「話が聞こえないほど騒いだり、
 立ち歩いたりしなけりゃ、
 いいんじゃないの。
 他人に迷惑をかけないのがマナーじゃない?」


これでめでたしめでたしならいいのだが・・・

子どもの世界はそう甘くない。


まだ「おかわり問題」がある。

おかわりするために滅茶苦茶早食いする子がいるし、

取り合いになれば、暗黙のうちに力関係で勝負は決まる。


しかし先生はそこも抜かりはなかった。

「おかわりは、いただきます10分後」

と、くぎを刺した。

これで早食いは撃沈。


問題は取り合いの時だ。

「ひとつしかないときはジャンケン」

今日はオレンジがひとつ残っている。

突然先生が立った。

つかつかと給食台の前に進む。

「おかわりタイムだよ。
 オレンジほしい人ー?」

ババっと数名の男子が立ち上がり、先生のもとへと集まる。

みな、自分のことのように注目している。

中心になる子がいて、
その子の掛け声でジャンケンを始めようとしたそのとき、

「はいはい、勝手に始めない。
 僕に合わせてジャンケンして」

と、先生が止めた。

虚を突かれたボスの子たち。

すると先生は腕を振り上げて、ゆったりとした調子で

「さーいしょはグー」

と言い始めた。

慌てて先生の手の動きに合わせるみんな。

「じゃん、けん、ポン!」

先生が目の前にいるのでズルのしようもない。

なるほどなぁー。


わたしは安心して給食を食べることができた。

先生はゆったりと、
楽しそうに他の班の子たちと食事していた。


いいなと思ったら応援しよう!