日常に潜むポルノ ~牛丼屋の思い出~
…あれ?なんか今、同じ様な事2回言わなかった?
そんな風に、小学生の僕は思っていた。
今から約20年前、何となく音楽番組をつけている事が多かった我が家、その家に住んでいた僕にとって、ポルノグラフィティは超国民的、シングルを出せば必ずどこかで耳に入ってきた。
特にメリッサの頃のポルノ人気は凄かった。メリッサの後にリリースされた「愛が呼ぶほうへ」がシングルTOP10の上位にランキングされた時、メリッサもTOP10下位にしぶとく残っていた。2枚抜き。ハガレン効果もあったろう。DSの「大合奏!バンドブラザーズ」でもよくメリッサを演奏したものだ。やば、バンブラ懐かしい!
そんなメリッサのラストサビに対して、当時の僕が思っていた違和感。「流されて消えゆく」からの「消えてゆく瞬間に」。2回言ってない?
「その瞬間に」とかで良くないか。それだとメロディーにハマらない?じゃあ…「そしてその瞬間に」でどうだろう??
うん、元のままで良いな。
想像したら、裏のコーラスがダサくて堪えられなかった。まぁ、大人の僕が歌詞ハメについて本気だして考えてみたらそうなったけれども、とにかく当時は「2回繰り返してない?」と思っていた。
そんな感じで、子供の頃に思っていた違和感というものは意外と、心に引っ掛かり続けるよね、という話。
🌙
「では、ご注文を繰り返します。」
大学生の僕は、アルバイトに勤しんでいた。牛丼チェーン店だ。
今から約10年前、当時は深刻な人手不足が牛丼チェーン業界を襲っていた。いわゆる「ワンオペ問題」だ。ワンオペという言葉は牛丼店が流行らせたことを忘れてはならない。そして僕の店舗も例に漏れず、どの時間帯のシフトに入っても、適正人数が揃っていなかった。
「日曜日・昼間・ワンオペ」という役満状態で店を回したこともある。僕の店舗は広い道路沿いに位置しており、家族連れが多い日曜の昼が最も地獄だった。「1人で回せる訳ないんですけど」と本部の何とかセンターに電話したら、「まずはテーブル席の椅子をひっくり返してテーブルに乗せよう」「カウンター席とお持ち帰りのみ対応可能、という張り紙を書いて貼ろう」という回答をもらった。大学生のバイト1人に託しすぎだ。
客からクレームを受けない様に、とにかく必死にやってますよ、そして僕も被害者なんですよ、という雰囲気を出しながら牛丼を作り続けた。さっきは役満なんて例えをしたけど、牛丼屋ってチー牛だの、おろしポン酢だの、鳴いてばかりで安い手みたいだな。いずれにせよ「テンパってる」ことだけは事実だが。
ワンオペがTwitterで拡散され、社会問題として認知される様になったある日。僕がいつもどおりに裏の更衣室でユニフォームに着替えていたら、裏口のドアが開く音がした。あれ、僕以外にシフト入ってたっけ?と思いつつ更衣室を出ると、怪しげな中東系の外国人がぞろぞろと入ってきた。
最初は犯罪かと思った。サングラスをかけてそれっぽい人もいた。え、うちの店舗、マフィアの新アジトに選ばれちゃいました?
恐怖で固まっている間も続々と入ってくる。店の裏なんて広くもないから、廊下が外国人でギチギチに埋まっていく。なんだこれ。
最後に入ってきたのはマネージャーだった。マネージャーは複数店の店長みたいなポジションで、僕たちバイトはこの人に対して常に9割の怒りと、1割の同情を抱いている。
マネージャーが裏口のドアを閉め、僕に向かって話しかけた。
「今日から彼らもクルーになるから、よろしく」
「「ヨロシクオネガイシマース」」
はい??
色んな疑問が次々に沸いてきた。今日から??10人はいますけど??どこから連れてきた??そもそも日本語通じるのか??店の裏に敷き詰める必要あった??あとそこのお前はグラサン外せ??
その後にマネージャーとした話を要約すると、最近のワンオペ問題を解消するために、日本語学校に通っている外国人をたくさん雇った、そして今日は名札発行などの作業を裏で行うだけ、とのこと。彼らは研修を経て基本所作が身についているらしい。
って事は今日のバイトは人手不足のままやんけ!とツッコみつつ、素直に助かるな、とも思った。いつも「この時間、誰かいけませんか!」という叫びで埋まっていたバイトのLINEグループも、少しは落ち着くだろうか。
その日のシフトを終え、裏に戻った時も彼らは残っていて、名札がちょうど出来上がった頃だった。名札をちらと確認する。
「ウダブ」
「ビノド」
「ケサブ」
いや見たことの無い文字列!!ある法則性に気づくと答えが浮かび上がる謎解きゲームか!!
あくる日。
さっそく昨日の外国人のうちの1人と一緒にシフトに入る事になった。名札をみると「ラブリ」と書いてあった。あ、そんな可愛い名前もあるんだ?(もちろん男性だ)
ラブリは僕を見ると少し安心した感じで、話しかけてきた。
「तपाईलाई भेटेर खुशी लाग्यो, धन्यवाद」
あー違う違う!!僕も昨日いたけど!!
日本人だから!安心すんなよ!
「Sorry, My Name is...」
いやもっとおかしいだろ!!
英語も出来んのかよ!お笑いやってる??
「ヨロシクオネガイシマース」
このやりとりはラブリの高度なボケにも見えるが、実は僕の顔が中東っぽい事に原因があった。
例えば僕は友達とマレーシアに行ったことがあるのだが、有料のトイレにみんなで入った時、僕だけトイレのスタッフに呼び止められた事がある。何を言われているか不明だったが、すごい笑顔で話しかけられ、愛想笑いをしていたら、花の香りがする霧吹きを顔にひたすら吹きかけられた。友達は遠くで爆笑していた。
そんな顔立ちをしているものだから、ラブリが「あれ、ジモティ~じゃ~ん」と思ったとて無理はなかった。
ラブリは日本語が上手で、コミュニケーションにはさほど苦労しなかった。むしろ丁寧すぎる言い方で分かりやすい。
「ネギ玉牛丼です。牛丼は大盛です。」
「チーズカレーです。カレーはサラダとセットです。」
「チーズ牛丼です。牛丼はツユのです。(つゆだく)」
たまに伝わらなかったりする事もあったが、常に人手不足の中で闘っていた僕たちにとって、助っ人外国人の雇用は余りにも強力だった。その日は客に「被害者ヅラ」を披露する事も無く、余裕をもってピーク時間をやり過ごす事が出来た。ありがとう、ラブリ。
その日のシフト終え、着替えている時だった。僕は何か奇妙な感覚を覚えた。デジャヴというか、「なんか聞いたことある感じだったな…」という、引っ掛かり。それが何だったのか、すぐには分からなかった。
別の日。
その日はバイトがなかった。外出中の昼下がり、僕は牛丼屋に、客として座っていた。それも自分の店舗では無く、駅も全然違う。ただ昼飯を適当に済まそうと思って立ち寄ったところだった。
カウンター席で注文し、牛丼を待っている時。外国人が店に入ってきた。見た目怖そうな人だな、と思っていたら、僕の方に近づいてきた。
咄嗟に思考を巡らせる。またアレか?僕を地元民だと思ったか?だとしても他人に話しかけるもんなのか?変な人だったらどうしよう。もう会話できるくらいの距離まで詰められている。割と笑顔だった。霧吹き持ってないよな?
外国人はオレオレ!って感じで指を自分の顔に当てている。ほら、何度も会ってるじゃん!
それでも僕は分からなかった。愛想笑いを発動した。これで霧吹きされたら、「ほら、あの時のトイレスタッフだよ!」という事になるだろうか。外国人が口を開いた。
「マイネーム イズ ラブリ」
あ、え、ラブリ?!マジ?!
正直、言われるまで全然分からなかった。私服だったからだ。ユニフォーム姿のラブリに見慣れすぎて、私服の外国人にラブリの可能性を全く見いだせなかった。ここは牛丼屋だというのに。また、実はラブリの髪が長かった事にも今さら気づいた。
僕は愛想笑いから、少し気づいた素振りをいれつつ、「ちょい強めの愛想笑い」に表情を変え、軽い会釈もした。確かにすごい偶然だが、だからと言って別に、会話をするでも無い。
ラブリは僕に挨拶した後、ちょっと遠めのカウンター席に座った。店員を呼び、いつもの感じで注文をした。
「ネギ玉牛丼。牛丼は大盛、牛丼はサラダのセット」
なんか、主語が多いんだよな。まだ不十分な文法しか習ってないのかな。「牛丼」を2回も3回も言う必要が無い。そして遂に、僕は気がついた。
あぁ。この「同じ事を2回言ってる感じ」、メリッサだ。小学生の頃、歌詞が変だと思っていたんだった。10年間、今の今まで、違和感を持っていた事実さえ忘れていた。思い出した事にちょっとした感動があった。
まぁ、だからと言って別に、何があるわけでも無い。日常のふとした事で、昔に引っ掛かっていた事が思い出されるもんだよね、そういう話。
これぞ日常に潜むポルノ。
何ならもう1つ、「なんか聞いたことある感じ」にも気付いていた。
🌙
My name is love?私の名前はラブです?
この英語、普通に間違ってないか?
擬人化の概念もよく分からない小学生の僕は、ずっと歌詞に違和感を抱いていたという。
マイネームイズラブリ。
それも思い出した。2枚抜き。
おわり