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美人論、あるいは「もし仮にぼくが20代半ば美女だったら……」と考えてみること

美女。
自意識の程度がどうあれ、彼女たちは自分自身が美女であるのだと、内心では100%自覚している生き物だ。
や、「綺麗ってよく言われるでしょ」って聞いても、「全然そんなことないですよ〜」とかいうけど、あれは社交辞令だ。ただの嘘だ。

どうしてかって、幼少期から周りがそう言ってくるからだ。
顔を見て、親や親戚や親の知り合いや通りがかった人が、
「かわいいねえ、綺麗ねえ、美人だねえ」と。
言われる回数が、普通の容姿の人らと違う。
とんでもない回数、浴びせられる。
「ああ、そっか、他者には私の見た目ってそう評価されるんだ」
嫌でも気づく

幼稚園とか小学校でもう、見知らぬ男子に勝手に思いを寄せられたり、自分の意志と関係なく同性から嫉妬されたり、憎まれたり陰口叩かれたり。

「この容姿に生まれたことって、なんか逆に厄介だな……」
ということにも、気づかされてしまう。
中学では、ヤンキーグループに巻き込まれるみたいなこともあるかもだ。

高校や大学で、飲み会で隣に来られたり、告白されたりもある。
「チヤホヤされる」と言えば良いことのようだが、めんどくさいことも多い。

「いろんな目に晒されて生きるより、誰か一人の彼女でいることの方が、かも」って思うフェーズがどこかでくる。
嫌なことを避けるために、彼氏を決めちゃおうというモードになるのだ。
「いいな」と思えた人には、簡単に付き合えるので、選ぶ気になればスペックの高い男も選べるし、単純に好みだと思えた男性も選べる。
「選択肢が多い、というか自分に決定権があるのは得したかもな」と思える。

その後、性格が合わなくて別れてしまっても、「次」を待つ「男友達」たちが列を作ってずらっと並んでいる。そのことにも、まあ、気づいている。
「候補」と飲みに行ったりする。けど安く寝たりはしない。
決定権のあるポジションをキープするのだ。

そんな美女ライフを生きる女性の意識において、アラフィフ男性ってのは……ごめんけど、空気みたいなものだ。
同世代の待ち列を、常に意識しているような状況で、アラフィフなんぞいっさい眼中にないだろう。
「自分の(プライベートな)人生において、関わりがあるわけがない」
って、十中八九、認識しているだろう。

仕事では、別だ。
避けられないから、必要に応じて関わる、けれど、ただそれだけ。
職場を出れば、おじさま達のことなど、意識からいっさい消えてしまう。

どういうわけか「列を成して待つ男友達」たちが「彼氏の不在状態」に気づかない時は(誰かマメな男がちょいちょい今どうなっているかチェックしているんで、そんなこと実際にはまあ起こらないけど)、気まぐれにマッチングアプリを使うこともあるかもしれない。
神降臨だ。
でも、その神、女神が見ているのは、同年代か、せいぜいが30代半ば(+10歳)ぐらいまでの男。
それ以上の年代は、一切見ていない。あと、思いを寄せられるって考えるのもなんか生理的に無理だ。

生活に窮していて、援助を期待してマッチングアプリをやるなら、「生活目的」に徹して、ご飯を奢ってもらったりするかもしれない。
プラス、「何か」を求めもするだろう。

それは、ただ必要だから利用しているだけだ。でも、その本音は絶対に見せない。
聞かれても追求されても、ごまかすし、しらばっくれる。
「こじらせおっさんは面倒臭そうだ」と本能で分かっているからだ。

と、ここで、視点を現実つまり僕へと戻して、考えてみればいい。
もう答えは出ている。

アラフィフ男性は、20代美女が自分を自然な感情で好いてくれるだなんて、ゆめ思うべきではない。あり得ないからだ。

生活のための「プラス何か」を求めるような必要に迫られて、Pしているとか、店で色恋営業しているとかそんな状況に置かれていない限り、接点を持てるなど、あり得ない起こり得ない。

結論。あきらめましょう。

(追記)
この記事画像の美女。
みんなのフォトギャラリーで、tetsuya99様作成のものを使わせていただいたのですが、僕が仕事で関わった(5年間隣の席にいた)当時20代半ば美女となかなか似ていて、とっても気に入っています。
Yさん、もう現実で会えることもないでしょうが、今日を元気で過ごしていてね。

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山本蛇内
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