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ダンスは踊れない

昭和元年生まれなの、というのが自慢の伯母は
話し好きの一族の中でも目立って話し上手でした
正しくは聞き上手なのかも知れません

頭脳明晰な人と会話する喜びを
初めて教えてくれたのはこの伯母でした
父の実家に泊まりに行くと
私はこの伯母にくっついて歩くのが
楽しくて仕方ありませんでした

オラはね、おっかさんにめごいめごいといわれて育ったの
すぐ上に小さいうちに亡くなった姉があって
その子もめごがったが、おめさんはもっともっとめごいってね
このオラのほがだっつ
どんなだべ、アッハッハ

伯母はとてもチャーミングで、
世に言う美醜を超越した風貌をしていました
無理して似ている女優を捜すとすると
そうですね、アメリカ映画に出ていました
猿の惑星の知的な女性科学者
色白の点では伯母の方が遙かに七難を隠してはいるのですが

上品で頭も良く、会話をすれば人を惹きつけてやまない伯母
上の伯母ちゃんや祖母、
この二人は誰から見ても明らかに美女なのでしたけど..…

女学校を出てからオラ、銀行に就職したの
それがね、ぜんぜん、才能がないの
毎日なんぼ気を付けても勘定があわないの
一生懸命やってんのに
それは銀行では大変なことで
みなして居残りしてお金を数えたり計算しなおすの
困り果ててひょっと見ると
オラの足許に小銭が落ちているの、いっつもいっつも..…
誰も怒らねぇのよ
あんまりにも間抜けなので気の毒で怒れねんだべね

同じ銀行にね、眉目秀麗ってわかるっか?おめさん
へへっ、ハンサムね
銀行にハンサムな男性がいてね、みんなときめくのよ
この方、どんなお嫁さんをもらうんだろうって
そしたらある時、その人が
「僕は丈夫で大根や馬鈴薯のような女性が大好きです」ってね
こ、これは望みがある!ってみんなマスマスときめいてね
その人、あっという間に、結婚しちゃって
銀行の人たちみんなでハイキングに行ったときに
奥さんも一緒に来て、それがむつまじいの
うらやましいくらいにさ
そんでその奥さんって人が
本当にどうして?っていうくれ~に大根か馬鈴薯みたいなの
みんな大失恋だったんだけど
美男と美女が必ず結婚するとは限らないし
好きな人同士が結婚するのが一番だよね~

そのうち足にね、虫に刺された痕が化膿して大変になって
病院に通い出したの
せっかく病院に通っているんだからって
鼻の治療も受けようと思って耳鼻科にいったのよ
そしたら、おめさん、先生がこれまたハンサムなの
鼻の穴ぐいって広げて診察して頂いているんだけれど
オラ、ぽ~っとなちゃって
え?先生?
「きれいな鼻です」って褒めでけだもね

それで、決心したの、オラも医者になるって
医者様になれば、
その、耳鼻科の先生とも釣り合いがとれて
もしかしたら結婚してもらえるがも知れね!
銀行ではどうしても計算があわなくて
毎日みんなにがっかりされるばりだし
おっかさんに「オラ医者になりてぇ」って云ったら
喜んでけで、銀行やめて大学の試験を受けたのよ


そしたら、面接で
あなた、大変優秀だけど、
通知表にひとつ不可っていうのがありますけど..…
これさえなければ医学部に合格ですがって

その不可ってね、体育なの
だって、おめさん、創作ダンスなんて踊れっか?
体育は苦手だよ
でも、それなりに頑張れば不可ってことはねぇべ
でも、女学校のときの体育の時間に
いきなり創作ダンスだもの~
いやさ、先生の創作さ~
云われたとおりに踊ればいいのす
オラ、一生懸命やったんだけれど先生はダメというし
後で呼ばれて、ふざけないでまじめにやりなさいって云われて
そこまでいわれるともう絶対、
こんなコッパズカシイ踊りはイヤだと思って
あっよい、あっよい、あよいやさって
盆踊りみたいに踊ったの
そうしたら先生が怒って、不可、だって
将来医学部に入ろうなんて思ってなかったしね~
大学のほうはね、医学部は不合格だけれど
理学部は入れますよっていうの
数学どうですか?って
小銭勘定できなくて銀行やめたオラに、どう思う?
困ってだらさ、二年間、勉強して
結果次第では医学部に編入することもできますよって
それなら、やってみようと思ったのよ

二年たったら、学校から「医学部に移りましょうか?」って
いわれたんだけれど、その時には
数学の勉強が面白くなっていて
医学部はどうでも良くなってだもね
おめさんもそのうち学校で習うよ
微分積分、美しいの
あれを考え付いた人は天才だね

伯母のユーモア、
いつも何かを発見して面白がっている姿
何でも熱心に探求する姿
それらを
おもしろ可笑しく話してくれる才能

伯母は進路がへんてこに展開したせいか
あこがれの青年医師と巡り会うことなく
太平洋戦争中は女学校で数学の教鞭をとりました
伯母曰く、数学の美しさを生徒に教えきれない
自分の不甲斐なさが哀しくて
教師は向いていないと切実に思ったそうです

時々発作的に
自分は不治の病ではないかと疑い
病院に頼らず克服しようと
いろいろな健康法を試したりしていました

伯母が世を去ってだいぶん経ちました
伯母が、研究や統計や小説執筆や特許出願の合間に
乙女心の日記を残していてくれないかなと
密かに願うのでありましたが
それは伝わってきませんでした


※追記
ヘッダーのお人形は
タイニーベッツィマッコールです
幼いころの私なんとなく似ていて
そしてなんとなく伯母にも似ている気がします



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