僕は 捨てられたんです 3
私が通勤途中に、追突事故を起こして数日後のこと。バイク仲間でもあるニャンコが機嫌が悪いの。
工務!あんたさ、いつまでその腕吊ってるつもり?
あ~、整形の先生は3週間って言ってた。
はぁぁあ? そんなに? もうやめちゃったら?
なして~。
迷惑なのよ。ジーンズのボタンもはめられないし。
すまねぇ。ニャンコに頼んでばかりじゃ悪いと思って、ボタンはめないでおいたらジッパー下がってくるし。やばいんで、タバコ吸って休憩してた印刷の田名部さんにちょっとお願いしたのさ、次はズボン下げてやるって頭ごっつんされた~。
ちょっと!あんた何やってんのよ!
いやー、ジーンズ下がりそうでやばかったんだよ。
だから、その腕吊るの、やめな!
ニャンコ、いつから医者より偉くなったんだよ。
そういう話じゃなくて、哀れっぽく見せてんでしょ?
は?なんだそれ。
目障りなのよ!
そらさ、事故ったオラが悪い。でも、哀れっぽく見せるって、そりゃなんのことだよ。
とにかく、目障りなの!
そんじゃ、ま、見ないようにしてくれ。
できないから言ってんじゃない!
困ったなぁ。骨つぶれてるんだよ。簡単には治らないって言われてるし。
だったら入院してりゃいいのよ!あんたなんか、工場ふらふら歩きまわってるだけで、たいした仕事してるわけじゃないんだからっ!
言いたいこと言ってくれるじゃんよ~。
ふんっ
ここまで笑って聞いていた制作部のボス。パンパンと手を叩いて、
ささ、おふたりさん。そろそろお辞めなさい。ニャンコちゃん、工務さんだって頑張ってるんだから、そっとしておきなさい。工務さんは気にしないでね。この子天才ちゃんだから、感じやすいのよ。ね、ニャンコちゃん。
ふくれっ面のニャンコ。いつまでガキなんだか。でも、ニャンコに迷惑にならないようにしないとな。
ジャラ~ン ♪
カラスくんがギターを鳴らしました。
ほら、カラスくんもお辞めなさいって言ってるわよ。
ジャラ~ン ♪
だってさ、工務ったら、ケガしてても酒飲むのやめないし!
飲んでないよ。
夕べだって、文修堂さんと飲んでたでしょ?
打合せだよ。
打合せ打合わせって、なによ!
打合せは、打合わせだよ。
工務に、どんな打合わせがあるってゆーのよ!
いい加減にしろと、私が怒鳴りだす前に、
煙草を燻らせていた制作の大魔女様が助け舟を出してくれました。
ニャンコちゃん、小学生じゃあるまいし、工務さんにつっかかるのをお辞めなさい?工務さんは治療のため、腕を吊ってるんだし、工務さんには工務さんの仕事があるのよ?さ、お終いになさい。
ニャンコはふくれっ面のまま業務に戻りました。
カラスくんがギターで
ジャンジャンッ♪ と終了のフレーズ。
みんなで笑いました。笑ってないのはニャンコだけ。
ニャンコは、自分が一番じゃないといけない子で、取扱注意なところがある。仕事はちゃんとできるけど、喘息もちで、苦しい時もある。苦しい時でも、ジムカーナの会合には出ていく。スポンサードしてくれる人のご機嫌をとらないと、とか言ってる。バイク仲間とはいっても、同じグループに居たというだけで、この会社に入るまでそれほどの付き合いはなかった。
彼女が一番、私を気に入らないのは、彼女の失恋話に付き合わないからだったと思う。私は私でいろいろあるけど、ニャンコとわかちあうようなもんじゃないし。そうやって、私が彼女になんでも打ち明けないのも気に入らなかったようだった。そんなの、しょうがないよねぇ。何話したところで、ニャンコは、遠くに行った彼氏にどんなめにあわされたか、泣きごとを言いたいだけみたいだし。
その日は、面倒くさいので、印刷工場に行って、紙の見本帳をつぶさに観察してメモを取って過ごすことにしました。印刷工場では、ボスの田名部さんが「お、工務、俺にズボン下げて欲しくなったか?」などと言う。畜生、負けないぞ。机の上にあった物差しを取り上げて「そんときは私も田名部さんのズボン下げて、これでサイズ測ってあげるから!」元ヤンキーのパンチパーマ田名部さん、衝撃だったらしく「うちの工務にゃかなわん」と言って、ぺこりと頭をさげた。「ねぇこのくらい?」と物差しのメモリに指をあてて追い打ちをけかる。
いーかげんにしてくれーー! と元ヤン。……勝ったぜ!