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文明の求心力

夥しく、浴びるように、中国のテレビ時代劇を見ていて、気がついたことがある。
それは、中国の政権は軍事的対外侵略性を持っていない、いや、持てない、軍事的に対外侵略できないという事実だった。
モンゴル族による「元」王朝の元寇は、日本人の歴史ではセンセーショナルな大事件だったが、現実として失敗して侵略できなかったし、特異な異民族による侵略王朝の時代の出来事で、中国そのものは被害者であったと言える。
地続きの隣国には何度も攻め込んでいるが、戦いに勝利しても、併合して直轄領地としている事実はない。
ユーラシア大陸内部の広大な乾燥高原地帯に住む、牧畜と交易・略奪を生業とする騎馬民族群は、中国民族にとっては悩みの種で、絶えずその侵寇と戦って来たが、基本的に防御の姿勢を崩さなかった。
ビルマやベトナム、朝鮮に攻め込んではいるが、直轄領土として吸収した例はない。
隣国の更にその先にある隣国に、長征軍を送り込んだことも、渡海作戦を敢行して海外出兵したことも、ない。

中国の政権は、国内統治に特化した政権であると言える。
領土の広大さと、人口の膨大さは、国家内部の統治課題に関心が集中し、全エネルギーを費やしているように見える。
華僑のように個人レベルでは海外進出は旺盛だが、国家として国政レベルでの対外進出は皆無と言える。
「鄭和」の大船団よる南征も、食糧や水を補給することはあっても、海賊行為や植民地獲得は聞かない。

中国社会の特色は、過密人口から来る過当競争と血族親族偏重だ。
厳しい生存競争を生き抜き、有利な地位や豊かな資産を手にするには、集団化による協力体制が必要になる、血縁地縁を基にまとまって、グループを結成して競争するしかない。
そのグループの中での、又それぞれのグループの間での、ヘゲモニー争いや優劣の競い合いが、至上命題となっている。
世渡りの方向性がグループ内に限定され、人生の価値観もグループ内世界での優劣に特化している。
未開の化外の蛮族には、安全保障上の課題以外ほとんど関心がない。

兵員調達は膨大な人口によって比較的に容易であっても、武器や食糧を運搬する物流兵站は、なかなか難問だ。
大陸では馬の飼育は最重要課題であり、馬車荷車のための道路も早くから整備されて来た。
河川利用の水運も、巨大土木工事であった開削運河も高度にシステム化されていた。
しかし、未開発地域を突き抜ける道路や、外洋運航に耐えうる大型船舶は、課題が多かったのではあるまいか。
初めての統一王朝である「秦」でも、道路と駅伝の整備が最重要事項に挙げられている、広大な領土になればなるほど物流通信がネックになる。

大規模な外征軍を用意するには費用がかかる、しかし、得られる利益は、安全保障上の利益以外、実際的な利益はあまり大きくない。
費用対効果のそろばん勘定で考えれば、マイナスにならざるを得ない。
中国の方が、周辺国よりも圧倒的に豊かな先進文明社会であったという時代背景がある。
中国国内社会を思考の中心に据え、その価値観の中で生きることに懸命で、下手に外界に気を取られ国内での競争をおろそかにすると、敗者に成り下がる危険性が高かったのではあるまいか。

遣唐使遣隋使、明国との勘合貿易、中国からの文明品の輸入が目的であったと言える。
中国の立場から言うと、対外侵略の意味が成り立たなかった、略奪して得るものが無かった。
「元」や「清」の侵略王朝も、結局中国文明の渦巻きに巻き込まれた、外周異民族の吸収定着過程ということになる。

近代において、侵略王朝「清」の封建制の固陋さによって沈滞を余儀なくされた中国文明は、今忙しく現代化に励んでいる。
圧倒的な願望と需要は、巨大なポテンシャルを内在して、エネルギッシュな活動を支えている。
商品消費経済という資本主義経済の世界の中で、中国文明がどういう役割を果たして行くのか。
道路網鉄道網というインフラの整備が進む中で、中国製品の流出輸出は加速して行く。
中国文明からの遠心力が目につく現在だが、それと同時に水面下では中国文明への求心力も強くなりつつあるのではないだろうか。
『量』が一巡して、『質』に方向転換する局面になれば、人類文明の新局面が露わになるのではないだろうか。
まさに中国社会の『質』そのものが中国文明の『質』になり、人類世界全体の『質』に強く影響を与える。
中国のテレビドラマ三昧の生活を日本で楽しめるのも、そのおかげと言えるのかもしれない。

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