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短いお話(白い犬)

夕方6時半の待ち合わせに余裕をもって家を出たので、6時を少し過ぎた頃だと思う。
信号待ちの車の窓外に、仕事帰りの人々が駅とは反対方向へ歩いていく。その中の一人に目が止まった。体に合った大きさの趣味の良いスーツ、伸びた背筋、整えられたグレイヘア。胸に抱いた白い犬。頭頂で毛を結えた、絵に描いたようなマルチーズ(シーズーかもしれない)。赤い首輪も見える。流行りのSNS漫画の登場人物のようである。

この辺りにペットショップやペットホテルは無いはずだし、さすがに犬と人間の赤ん坊を見間違えることはない(保育園は近くにある)。では、あの犬はどこから来たのか。そう、かの忠犬ハチ公のように飼い主を迎えに来たのである。仕事が終わる時刻に主人の勤め先まで行き、一緒に帰る。マルチーズ(シーズーかもしれない)の足では往路が精一杯なので、帰りは主人に抱っこしてもらう。主人は国道の交差点にあるビルの前まで来ると、手近なポールに犬の紐をくくりつけ、一階のパン屋で六枚切りの食パンを急いで買う。犬を抱き抱えると、しっとりした食パンの真ん中をちぎって与える。ちゃむちゃむという咀嚼音を聴きながら、また家に向かって歩き出す。

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