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BAR ロッケン 深爪深夜の物語

ディアハンター 前編

朱鷺がこの店を継いだあと、これまでの常連客が物見遊山でやってきた
店の雰囲気変わっただの
カラオケ無くなったのか
ボトルキープしてたのどうなったのか
お酌してくれないのかなど
あれこれ言うのを聞き流していた。
実際おじさんがやっていた頃のいわゆるスナックがどんなだったのか知らなかったので、合わせようにも何も深爪深夜と一緒にあれこれ試行錯誤しながら現在のバーという形態に落ち着いたのだ。ほとんど深爪深夜の言うがままだったのだが、、
そういう昔の店からの常連客もなんだかんと言いながら他に行く店もないのか、ここにくれば昔からの飲み仲がいるからなのか、
三々五々と集まってくれる。朱鷺は初めそんな昔の店のことを持ち出してあれこれ言ってくる客が嫌だったのだが、ここは客商売として笑顔笑顔と無理に相槌を打ったりしていた。そんな朱鷺の気持ちを知ってかテーブルで飲んでいる常連客を遠目に深爪深夜が呟き始めた。
「あの人たちは結局ね、俺は昔からこの店を知っているんだということをアピールしたいだけなんですよ。ほらいつものなじみ客同士ならそんな話はしなくなったけど、新しい客を連れてくるとこの店の昔話になりがちなんです。ちょっとしたイニシチアぶを取りたいってことだけだと思うんですよ。少なくともこの店が嫌ならそう何度も足を運んでくれないでしょ。俺はこんな良い店を昔っから知ってるんだぞと匂わせる間接表現ってことです。現に新しいお客さんも連れてきてくれるし、売上だって小さく無いんだし。」
毎日店にいる訳にいかない朱鷺と違って、毎晩のように彼らの相手をしている深爪深夜の言葉がすっと朱鷺の気持ちを楽にした。私よりも年下なのに解ってるなと感心した。

朱鷺のおじさんが店をやっている頃からの常連で、今ではすっかりバーロッケンの馴染みになっている川場さんという男性がカウンターに座ってバーボンを飲んでいる。朱鷺も今では二回りも年が離れているであろう彼を「川ちゃん」と呼んですっかりよそよそしさが消えている。
「あ、この曲」
店のBGMが変わったとき川場さんが呟いた。
「思い出すなぁ。フランケンの事」
「フランケン?って、フランケンシュタイン??」
カウンターの中から朱鷺が聞いた
「いやいや、違うよ、昔、朱鷺ちゃんのおじさんがこの店やってた頃のお客でフランケンと呼ばれている客がいてね、図体はでかいんだけど、朴訥として人懐っこい話し方も方言が抜けなくって、どこか引き込まれるような魅力のある男だったよ。冬の間だけ出稼ぎにこちらへ来ているんだって言って、近くの飯場から抜け出しては毎日のように飲みに来てたんだけど、春の足音が聞こえてきた頃、フランケンは故郷の山へ帰って行った。
やがて夏が来て、誰かがフランケンどうしてるだろうなんて言い出して、みんな懐かしんでいるうちに、そうだみんなでフランケンを訪ねていこうってことになったんだよ。その場で電話して、あれよあれよと日程まで決まって。
夏の暑い日だったな、車に荷物をぎゅうぎゅうに詰めて、人間もぎゅうぎゅうで、高速道路走って、山道走って、ようやく待ち合わせ場所にいたフランケンの顔が見えた時には、旅の疲れもフッっ飛んだんだけど、そこからまだ山道を1時間も走んなきゃならないって聞いて疲れが倍増したよ。
フランケンの家は山深いところだった、昔はマタギをやっていたなんて言って
その夜は、猪の肉なんか出してもらって、初めて食べたよ。
次の日はみんなで山へ入って、フランケンの山小屋を拠点にして狩りに行ったりして、誰かが映画のディアハンターみたいだななんて言ってさ。誰もが自分がロバートデニーロだと思ってたんだろうけど、結局狩猟免許を持っているのはフランケンだけで俺たちはゾロゾロと後をついて行っただけなんだけどな。」
川場さんはそこで苦笑いを浮かべてバーボンを一口舐めて続けた
「でも、楽しかったな、夜は火の周りに集まって酒飲んで、鹿の肉とか魚を焼いて食べて。
フランケンも、飲んでくれ食べてくれって、みんながわざわざやってきてくれた事が嬉しくてたまらないような顔をしてたな。今でもその顔を思い出すとこっちまで嬉しくなるくらいだ。
なんだかんんだと三泊くらいしていよいよ帰るって事になった時のアイツの表情は寂しそうだったな。今でもその顔を思い出すとこっちまで悲しくなるくらいだ。
また冬になったら一緒に飲もうななんて言いあって別れたんだけど、結局のところその冬になってもフランケンは店には来なかった。夏になってフランケンのことが少し話題にのぼったりしたけど、みんな恋人が家族がなんて事になって結局尻すぼみでそれっきり」
川場さんはふっと息をついてバーボンを一口舐めた
「でもさ、なんでさっきの曲でフランケンさんを思い出したの?」
朱鷺がなぜだか全くわからないと言った
「ディアハンターって映画見た事ないか。ああ、そうか、映画見てなきゃわからないもんな。さっきの曲その映画の中で使われてたんだよ。酒場のジュークボックスから流れてて、みんなで合唱するシーンがあるんだけど、それを真似てフランケンの山小屋でもみんなで歌ったんだよ、でたらめ英語で。それで思い出したって事」
「へえ、なんだか羨ましいくらい楽しそうな思い出」
「楽しかったねぇ」
川場さんは嬉しそうにバーボンを一口舐めた

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