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沈黙の75日⑩
秋の風が涼しい。長袖一枚だけでは肌寒く感じる。もう上着が必要な頃かもしれない。
二学期も後半となる頃には、学校の雰囲気もずいぶんと違うように思えた。
時々、あの騒ぎを起こした子だって指さされることもあるけど、話かけてくれるクラスメイトもいる。皆が変わったのか、自分が変わったのか。その両方かもしれない。
75日を必死に耐え抜こうと意気込んだあの日から、たしかに流れは大きく変わった。
ただ、弥生ちゃんがいない。心に埋められない何かが、ぽっかりと空いたままの毎日。結局、あの人が言ったように、あれから一度も学校に来ないまま転校して行ったのだ。
一人はもう怖くはない。でも弥生ちゃんがいない寂しさは、どうすればいいのだろうか。
そんな風に気持ちがざわつく時は、学校帰りに一人で寄り道をして、川の土手に座る。
夕陽に照らされるコスモスの花たち。仲良く風になびいて、色とりどりに咲いている。
弥生ちゃん、いまどうしてる?もっと話したかった。私はね、こうやってお花を眺めるのが好き。小さい頃からお母さんにいっぱい季節に咲くお花を教えてもらったんだ。弥生ちゃんが好きなものは何かな?あとね、夕陽が綺麗な時間に生まれたから「あかね」っていう名前をつけてもらったんだよ。弥生ちゃんはどうして「弥生」という名前をつけてもらったの?お母さんは…どんな人だった?お父さんは?美人な弥生ちゃんはどっちに似たのかな?まだまだ弥生ちゃんのこと…知りたいことがいっぱいあるよ。
いつもこうやって膝を抱えながら、ぼんやりとそんなことを考えている。
「やっぱり、ここにいた」
見上げるとスーツ姿のお母さんが立っていた。座っていい?と言って隣にくっついた。
「ね、お手紙でも出してみたら?」
えぇ…あぁ、うん。と答えてみたものの、どうかな、といじけたように私は下を向く。
「…どうせ、私のことなんて忘れてるよ、もう。」
「そんなことないよ。ちゃんと覚えてるよ」
「…嫌われているかもしれないし」
「大丈夫。嫌ってなんかないよ」
「本当に?なんでわかるの?」とお母さんを見た。
「なんでだろうね。お母さんにはわかる。弥生ちゃんと会ったからかな」
あまりに自信をもって言うお母さんの言葉で、ちょっとだけ嬉しい気持ちになった。
「弥生ちゃんも、きっと友達が欲しかったのよ」
「…そうかな」そうだといいな。
「書いてみようかな、手紙。でも住所がわかんないし…」
「そんなこと、お母さんが調べるのを手伝ってあげるから。大人を頼りにしなさい!」
グッと肩を抱き寄せられた力があまりに強かったので、おもわず笑ってしまった。
「早く大人になりたいな」ふと、そんな言葉が呟くように出る。
「やだ、そんなに早く大人にならないでよ」
お母さんはそう言って、こつんと優しく頭をぶつける。
「そうだ、今から可愛い便せんと封筒を買いに行こう」
「うん!」
差し出されたお母さんの手を握って、わたしは勢いよく立ち上がった。
<終>
読んでいただいた方、ありがとうございました( *´艸`)