見出し画像

読書日記2024年10月6日〜10月18日


ウラジーミル・ソローキン『親衛隊士の日』

「ご注文をどうぞ」
「兄弟、酒と、つまみと、それから軽く腹ごしらえをしたいんだが」
「金粉または銀粉入のライ麦のウォッカ、上海産のキャビア、台湾産の背肉の燻製、スメタナがけの塩漬けハラタケ、牛肉の煮凝り、モスクワ郊外産のスズキの煮凝り、広東産のハムがございます」
「銀のライ麦、スメタナがけのハラタケ、それに牛肉の煮凝りをくれ。食べる方は何がある?」
「チョウザメのウハーに、モスクワ風ボルシチ、鴨肉の蕪添え、兎肉のヌードル、マスの炭火焼、牛焼肉のポテト添えがございます」

河出文庫「親衛隊士の日」P131

舞台は2028年のロシア、主人公の親衛隊士アンドレイ・ダニーロヴィチが空港で食事をとるシーンになります。世界中の美食がロアシに集まっている感じがして、ここだけだとロシアが栄華を誇っているとも読めます。ですが、読んでいるとそうではないことがわかります。シベリアの南半分が中国のものになっていたり、ロシア国民のパスポートはすべて赤の広場で焼き捨てら鎖国状態なのでしょうか、そんなところからこの時代のロシアの国力は地に落ちているようです。そんな国の中で皇帝直属の親衛隊士がなにをやっているんだというのがこの小説の面白さです。暴力、ドラッグ、セックスなどあらゆる誘惑に負けつづけているのですが、それを正当化するためだけに意味のない行動を繰り返しています。作者が完全にロシアという国をバカにし続ける笑える小説でした。

ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』

ものすごく有名だか読んだことがない小説。ここまで有名だと読んだ気になってしまい、読む必要がないのですが気を取り直して読んでみました。ストーリーがすばらしく、無駄がなく完璧な感じがしました。映画化前提で書いたのかもしれません。主人公のフランクがギリシア人パパダスキの妻コーラに出会うところから、パパダスキの殺害にいたり、それから法廷劇になっていきます。その話の中でもフランクがほとんどすべての登場人物からカモにされるところがアクセントになっています。フランクもかすかに抵抗しますが、健闘もむなしくラストを迎えてしまうところが中年男子には染みます。

メルヴィル『白鯨』

アメリカの小説を読んでいるとよく引用される小説といえばこの『白鯨』です。アメリカ人の中でも古い支配層である白人男性は必読な小説という印象です。私は30年前に同じ岩波文庫版を購入したものの、冒頭で挫折したような覚えがあります。

チャド・ハーバック『守備の極意』の舞台となる街は『白鯨』で町興ししようとしていて、小説の最初から最後まで『白鯨』に関することが出てきます。たしか主人公が入学するウェスティッシュ大学でメルヴィルの原稿が見つかったのが由来だったような気がします。
アメリカの小説をよく読む人間には必読な小説なのは間違いないのですが、30年前に途中で挫折した身にとって再度手に取るのは気が重い超長編小説です。
エイハブ船長のモビー・ディックに対する復讐だけでも面白いのですが、語り手であるイシュメールによるクジラの学術的な面からと宗教的な面からの語りも意外と読めます。そのどちらもあっての『白鯨』なのでしょう。
太平洋の赤道付近までの航海、エイハブがモビー・ディックを追い込んだのか、モビー・ディックがエイハブを誘い込んだのかどちらにも読み取れます。最後まで読むと運命はすべて決まっていたと感じてしまいます。乗ったら最後、死あるのみ。そんな捕鯨船に乗り込むのがアメリカ人の好みフロンティアスピリットなのかもしれません。

いいなと思ったら応援しよう!