【創作長編小説】悪辣の魔法使い 第16話
第16話 もう一人の魔法使い
楽団は最後の曲を演奏し終えたようで、ただ澄んだ空気と星のまたたきだけが町中を包んでいた。
路地を出た、魔法使いレイオルとケイト。
「飲む? おごるわよ」
果物とスパイスの入った温かい葡萄酒を販売しているテントの前で、ケイトは振り返ってそう提案した。レイオルへ、というより自分が飲みたいらしい。
「連れが、たぶんだが、心配する。私は失礼する」
「私があなたと話したいんだけど!」
レイオルのつれない態度に、ケイトは大人げなく頬を膨らませた。
「私があなたに意識を向けたのは――」
「小鬼と精霊、そして人間もどきの魔法使い、奇妙な一団が近付いてきたから、だろう? 星の異変と、異質な旅人たち。関係があるとまでは思わずとも、もしかしたらなにかを知っているかもしれない、そう思ったのだろう?」
「……その通りよ。そして実際、あなたはなにかを知っている」
「知らないほうがいい」
レイオルはケイトに背を向けた。
「どうして……!」
「この町の暮らしを、大切にするといい」
レイオルは振り返りもせず肩越しにそう告げ、歩き出す。
「ねえ……! ちゃんと、教えて――!」
「気付いているか?」
追いかけようとするケイトに、レイオルは言葉を投げかける。
「え」
「私の他にもう一人。この町に来ている魔法使いに」
一瞬、ちょっとスパイシーな柑橘系の香りがした。後ろのテントで売られている、温かな葡萄酒の香りかとケイトは思った。
「あ……」
香りとともに、目の前のレイオルの姿はかき消えていた。
「レイオル……!」
漂う、脳に刻み付けられるような鮮烈さと、清々しさ。
『知らないほうがいい』
静かなレイオルの声が、耳に残る。
魔法の残り香を感じながら、届かないと知りつつケイトは、レイオルの名を叫んでいた。
「レイオル、来ないね」
戻ろうか、小鬼のレイがそう思ったときだった。
「星聴きが、始まるんだって! 広場に行こう」
市場の客たちの声が耳に入る。人々は、ひとつの方向へ歩き出す。
「星聴き……?」
レイと元精霊のルミが顔を見合わせ、同時に首をかしげた。
剣士アルーンが、レイとルミ、それぞれの肩の辺りに武骨な手を添えつつ、
「星聴祭っていう祭りだからさ、きっと祭りのメインの行事なんだろう。行ってみようぜ。レイオルもそっちに向かってるんだろう」
移動する人の流れについていこう、と提案した。
広場に着くと、すでに大勢の人々が集まっていた。そして人々の視線の先には、ステージがあった。
なにが始まるんだろう……?
ステージの上には、大きな丸い鏡が用意されていた。鏡には、それを支える土台がついている。
祭祀の衣装と思われる、白を基調とした布地に金色の刺繍をふんだんにあしらった、独特の装束の男女数名が、おごそかにステージ上へと向かう。
その中の一人、威厳に満ちた高齢の男性が、高らかに宣言した。
「星たちがささやく明日からの日々を、謹んで皆様にお伝えいたします。星は示します。今宵、未来の輝きを、確かな実りを、我らに。共に祈りましょう、そして盛大に祝いましょう……!」
拍手が沸き起こる。レイもルミもアルーンも、周りの人々にならって拍手した。
雨の日はどうするんだろうね、と旅人らしき誰かが囁く声が聞こえた。連れらしき人物の、きっと雨天の年だってわかるんだろう、雲の上に星はあるんだから、と返事をしていた。
そうだよ。雲の向こうに、星はあるもん。お日さまだって、お月さまだって。光が届かなくても、ちゃんと地上へ降り注いでいるんだ。だから今見えなくても今感じられなくても、きっと大丈夫なんだ。
レイとルミは、そのとき同じことを考えたようで、こっそりうなずき合っていた。
ステージ上の人々は、歌うように祈り、そしてしばらく呪文のような言葉を呟いていた。
そののち、二人の男女が大鏡の左右にそれぞれ立つ。そして、二人は大鏡に手を添え、観客側正面に向けていた鏡面を、勢いよく回転させた。大鏡は、星空を映す。
呪文は続いていた。先ほど観客に宣言した高齢男性が、大鏡に手をかざす。
男性の表情は、距離が離れているためよくわからなかった。しばらく男性が大鏡に手をかざし円形の大鏡の隅から隅まで視線を走らせる時間が流れた。
レイたちは、初めて見る星聴きのステージで、いつもこういった感じで進行していくのだろうと思っていたが、どうも周囲の観客たちの反応がおかしい。
ざわめきが、あちこちで起きていた。先ほど疑問を囁き合っていた旅人らしい人たちは、レイたち同様きょとんとしていたが、地元の人間らしき人々は、なにか違和感を覚えているようだった。
「星聴き様、どうしたんだろう。口ごもってらっしゃる。早く、『星のお答え』は……?」
「いつも見える、鏡から立ち昇るようなかすかな光が、今回は全然見えないねえ。変ねえ。どうしたのかしら」
「光が見えにくい年もあるよ。たぶん、気温とか気候とか、なにかの加減だよ。俺らに見えなくても、俺らに星聴きの力なんてないんだから、別に不思議じゃない」
「そうだよ、前にもたまに、そんなときあったよね。でも今日は星聴き様、なかなか『星のお答え』をお話しされないねえ。ちょっとお体の具合でも、悪いんだろうか」
そんな声が聞こえてきた。いつもなら、どうやら鏡から昇るかすかな光が見え、それからもっと早く流れるように「星のお答え」なるものが発表されるようだ。
「星から語られたのは――」
ざわめきを制するように、大鏡から視線を外した「星聴き様」と呼ばれる男性が声を上げた。
「豊穣と、安寧です。皆様、日々愛と感謝を持ちつつ、心豊かにお過ごしくださいますよう――」
ふたたび起こる拍手。不吉な違和感を、封じるように、漏れ出た不安のざわめきを、忘れるように。
星聴きの男性たちは、深々と一礼しステージを降りた。
それからは、星聴きの男性たちに変わり、先ほど街角で演奏していた楽団がステージ上に上がる。
大鏡の後ろで、楽団員たちが華々しく音楽を奏で始めた。
それを合図に人々は、笑顔を浮かべふたたび祭りの雰囲気を楽しみ始めた。
今回の星聴祭も今までと変わらない、いつもとまったく同じだ、そう信じ込もうとしているようだった。
どうしたんだろう……。
やはり広場にも、レイオルの姿は見当たらなかった。
確かにどんなときも、星は照らしている。でも――。
周りにたくさん人がいても、ルミとアルーンがすぐ隣にいても、早くレイオルの声が、話が聞きたい、レイはそう思っていた。
「やはり、お前か」
レイオルは、ひとつのテントの前に来ていた。
「まあ、そんな気配を持つのはたぶん、世界中お前しかいないだろうけどな」
そんなレイオルの声に、顔を上げたのは――。
「やあ。こんばんは。またお会いしてしまいましたねえ。魔法使いレイオル――」
黒いフードを被り黒のマントを身にまとった、金の髪と金の瞳の店主だった。
◆小説家になろう様掲載作品◆
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