濡れ蜘蛛

両親が嫌いだ。
こんなに劣等感にまみれた自分を正しく愛している。きっと私の良いところも悪いところもまるごと、私として愛しているのだろう。勝手なことだ。そんな嫌いな両親の上にどっしり乗っかっている私の生活は最も許せない。嫌いな相手から愛され、生活も保障され、私はもう私として生きている気がしなかった。どんなに暴れても無駄だった。
自分の身体を傷つけた。両親の大切なものを粗末にしている感覚が、私を優越感に浸らせた。初めて両親の上に立ったような気がしたのだ。私はその快感にハマった。
他人の大切なものを粗末にした。私にとってそんなものは重要ではない、取るに足らないことだ、という態度で生きることは私の唯一の生きがいになった。人の趣味や色恋沙汰を「私は興味ない、そんなことして何になるんだ」と冷めた声と顔でバカにし、内心興奮していた。
その人たちにとって大切なものが趣味や恋だったように、私にとって大切なのは他人を出汁にした優越感だった。
風呂場で蜘蛛を見た。頭を洗っている時に見つけたので、どうにかするのも面倒だった。そのままにしていたら次の日も風呂場にいた。見かけない日もあったが2週間程は風呂場にいたと思う。蜘蛛は私がいない間ずっと1人だ。私がいるほんの数分も私のことなど意に介さず、たまに動く程度だ。
ある日、突然、その蜘蛛に猛烈に嫉妬した。私よりも「上」だと感じてしまった。他者と関わりを持たずに1人で「生きている」のだ。美しさすら感じた。じっとその蜘蛛を見つめて、「はは」という声がでた。肺の空気がドバっと出てきて、そのついでに声帯が振れたような声だった。いつものクセでその蜘蛛の大切なものは何か考えた。それを気まぐれに粗末に扱って上に立ちたかった。立たないといけなかった。
それは命だった。この世界に生きているものはすべて「生きている」。命にすがっている。だからもし私がその命を適当にどうでも良いものにしてしまえば世界の「生きているもの」の上に立てる。

「なんだ。意外と簡単だったんだ。」

思ったのと口に出たのは同時だった。こんなに思ったことをすんなりと言葉にできたのは初めてだった。
蜘蛛はずっと生きていくのだろう。

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