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きっともう「妖怪人間ベム」を見れない


日ごろからあまりテレビを見るほうではないのだが、ドンピシャでハマったものは、何回も繰り返して見るほどだ。

幼稚園の頃「危険なアネキ」というドラマにドハマりして、幼稚園から帰ると狂ったようにそのドラマを何回も見ていた。

もちろんそのドラマの主題歌である平井堅の「ポップスター」も熱唱していた。

小学生の時の友達との会話といえば、ほとんどがドラマのことで、良いと思ったシーンを完全再現する遊びをやっていた。

特に記憶に残っているのは、「デカワンコ」「謎解きはディナーのあとで」「妖怪人間ベム」の三つだ。

「謎解きはディナーのあとで」の中のセリフにある「ひょっとして、お嬢様の目は節穴ですか?」を何度友達に言ったことか。

とても楽しくて小学生ならではの遊びだったなあと思った矢先、現実では起こりえないような設定のドラマに、なぜあんなにも熱中することができたのだろう。

妖怪人間ベムなんか、明らかに見た目妖怪で怖いし、角生えてるし、緑の液体出るし。ありえなさすぎる設定なのに、それをすんなり受け入れて感動したり怒ったりしていた。

もしかしたら、その時はそういう世界もあるんだなあと思っていたのかもしれない。

それと似たような記憶に、図書館に置いてあった絵本の話がある。

主人公の子が夜布団で寝ていて、布団のトンネルを進んでいったら友達がたくさんいる世界に繋がっていたというようなストーリー。

小学生3年生の私はその日ワクワクしながら帰った。

今でも時々あるのだが、「寝たくないなあ。寝るのがもったいない。寝たらすぐ明日の朝になってるんだけど、なんか寂しいなあ。」

いつもそんな気持ちで眠りについていた私にはビッグニュースだった。

夜ご飯を食べお風呂を済ませ、自分のベッドに入った。

「よし。この布団の先を進めばみんなに会えるんだ。」

もぞもぞとベットの先に進むと、当然ゴンッと床に落ちた。

ありもしないことを素直に信じ、そしてその世界に私も行ける。そう信じていたのだ。

今はもう人間になれないベムのことを可哀想だと思えないし、「きのう何食べた?」とか「大豆田とわ子と三人の元夫」とか日常でありそうな人たちの物語を見るのが好きだ。

だから独特の世界観があるミュージカルやバトル系のアニメにあんまりハマることができない。

それは歳をとることで染みついた当たり前や日常の概念の影響なのではないだろうか。

しかし、またドラマごっこしたいなあ。

大好きなドラマのセリフを暗記して、頭の中で完全再現するところは、今も変わっていない。

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