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大阪の十三大橋を渡るときに思うこと。十二月生まれをお祝いして。
淀川にかかるピンク色の橋。
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アーチ部分の歩道には吊材の柱があり、その分狭くなっているので、歩いているときに、前からも後からも遠慮なく自転車が走ってくると、少々こわいところでもあります。
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車道を走る自転車もいるけれど、車道にも自転車が通るスペースはあまり無いので、それはそれで、危険そう。
難儀ですねぇ。
でもここは、大阪のど真ん中、朝夕は車も混むし、電車もあるけれど、近距離の移動はきっと自転車が便利なのでしょう。
そんなことを思いながら、自転車をよけつつ、立ちどまり、橋の手すりに目をやると、厚めの塗装で潰れているところもあるけれど、規則的に車輪の様な、お花の様な模様があしらわれています。
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なんだかおしゃれですね。
見上げると、アーチの上の部分にも、似たような模様がみられます。
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渡りきって、あらためて橋の入り口の大きな柱を見ると、そこには、昭和六年十二月架設。と。
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え?
『橋の寿命は、50年、高度成長期に作られた橋が老朽化して、、』云々。って聞くけれど、この橋は、50年なんてはるかにこえて、92年前!?
そして、十二月!
誕生月ですね!
わぁ!おめでとうございます!!
河川敷の方へ降りてみると、こんなところにも、装飾が施されています。
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反対側にまわって見つけたプレートには、
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下部工事、大林組
上部工事、飛島組
これって、あの大林組さんと飛島建設さんですよね。さすが!
そして親柱のそばにも模様が。
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機械の歯車っぽいのかな。
ハスじゃないよね?
そしてこちらに橋名がありました。
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十三大橋(じゅうそうおおはし)
『拱橋の荘厳雄大なる容姿、径間長大なる桁橋の直線的構造美は、近代的装飾と相俟って一大偉観を呈せり。夏季の納涼、春秋における逍遙の好適地たるを失せず。』
(中略)
橋は単なる交通路ではなく、いかに周辺環境との調和を考慮して設計し、人々の鑑賞に耐える構造物を目指したかが伺われる。
調べていたら、こんな一文が目に留まりました。
最初の『』内の文は、設計者の増田 淳さんが自ら十三大橋について紹介したもの。
装飾は、アール・デコ調。
橋全体が、そこの環境にとっての、調度品である。
そんな心意気ということでしょうか。
読み進めていくと、
増田 淳(明治16(1883)~昭和22(1947)年)は、大正末期から昭和初期にかけて活躍した橋梁設計のパイオニアで、約15年の滞米中に30橋の設計施工を担当している。
大正11(1922)年に帰国して東京に「増田橋梁研究所」を立上げた。設立から10年間の実績として、北は宮城県から南は宮崎県まで10に及ぶ府県の嘱託として設計した55の橋梁が紹介されているそうである。在米中の実績と比べても驚くべき量産だ。
(中略)
架橋から100年近くが経過し、増田が手がけた橋梁には、老朽化や幅員狭小などの理由で架替えられたものも多いし、残っているものでも金属供出や拡幅・歩道添架などの改築により彼の特徴とされる吟味された橋面工を失っているものも多い。そのような中で、増田の造形をよく保っている十三大橋を訪れた。
〜関西の公共事業・土木遺産探訪<第2集> 坂下泰幸著 北斗書房より引用〜
大阪の空襲も、阪神・淡路大震災も経験している強者であり、普段、なにげなく通り過ぎてしまうけれど、とても貴重な橋なのですね。
隣に新十三大橋もありますが、まだまだ現役で、私達の往来を支えてくれていることに、畏敬の念を抱くとともに、感謝でいっぱいになりました。
92歳おめでとうございます。
これからも、どうかお元気でご活躍ください。
十三の名物、喜八州のみたらしだんごを、食べながら、十三大橋を想って。
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美味しかった~。
お店であぶりたてを頂くのも美味しいですが、冷めたのも、もちもちしてて、とても美味しかったです。
ありがとうございます。
ご馳走様でした。